やけあ〜と(Yake-art)

Yukko





第8回 < 後片付け >



もし火事になったら、誰もが“被害は最小限に〜!”

と思うのは当たり前のことと思います。

当然!私もそう思いました。

当初は全部燃えてしまうとは思わなく、少なくとも、

火元の隣部屋の物は助かるだろうと考えていました。



でも、殆ど全部が燃えてしまいました…。

モノが“燃えた”と一口に言っても、色々な程度があ

ります。



<1> 高熱で焼け、あるいは溶け、影も形も無くな

    ったもの

<2> 元が何だったかは分かるけれど、半分以上焼

    けたり溶けたりで、無惨な姿をさらしている

    もの

<3> 殆ど無事で、所々焦げているもの

<4> 焦げ目や傷はないものの、煤で色が変化して

    しまったもの

それと…

<5> 全く無傷。でも、臭いが…。



鎮火後は多少でも燃え残っていれば嬉しかった。

でも、後片付けをしている内に気持ちは変わってきた

のです。

こんなことを言ったら罰が当たるかも知れませんが、

『燃えるなら、全部跡形もなく灰になるまで燃えてし

まったら良かったのに…』

と強く思うようになったのです。

当初、捨てる気のなかったモノは当然大事で、手放す

つもりはさらさら無い訳ですから未練はいっぱいあり

、少しでも形を留めてくれてたら嬉しかった。

火元の部屋にあった衣類等は、殆ど<1>の状態。

膨大な数の衣類の大部分は隣の部屋にありました。

それらは、<2>〜<5>の状態でした。

でも、その殆どは使用出来る状態ではなかった…。

<5>の状態のモノのみ、辛うじて使っていますが、

これが、何度洗濯しても、日が経っても、焦げた臭い

が取れないのです!

ま、家の中でのみ着用してますけどね…。



先程、罰が当たる様なことを言いましたが、

その理由の1つとして、

形は辛うじて残ったけれど、無惨な状態や使えないモ

ノは、片付けの際に再度悲しい思いをする訳です…。

燃えて跡形も無ければそんな思いはしない。

後日、失ったモノを思い出すこともあるかも知れない

けれど、目の前になく、時間も経ってたら悲しみも薄

れて打撃は少ないですしね。

もう1つの理由としては、

後片付けには、膨大な時間と労力が必要であると言う

ことです。

こちらの理由の方が大きい。



まず、その時間について………

焼けた建物への配線は切断されているし、照明器具は

燃えて無いし、床はまだあるとは言え、穴が空いてい

る箇所もあって危ないし、瓦礫も沢山散在。

だから、片付けするのは明るい昼間しか出来ない…。

しかも天気の良い日でないと屋根が無いから、雨だと

作業がかなりやりづらい…。

昼間は仕事に行ってるから、オフの土・日のみ活動。

結果から言えば、何だかんだで、解体業者にお願い出

来たのは、既に半年も経った翌年の6月頃。

その間、無惨な状態を色んな人々にイヤでもアピール

するはめに…。



次に、その労力について………

家族は全員が、か弱い(?)女ばかり3人。

内、1人は半介護状態で動けず。

私は、若い頃から腰を痛め、腰痛と共に生きてきたよ

うなもの。

普通に生活を送るには殆ど支障はなくても、長時間歩

いたり、力仕事したりするとすぐ腰にくる…。



庭に落とされた瓦礫の山の片付けが一番大変でした。

それらの瓦礫は、燃えた部屋の瓦礫とは違い、何処に

何があるのか全く定まっていない…。

色んなモノが混じっているわけです。

中でも特に大変だったのは、上記の<2>状態のアル

バム、それに本類。

美術関係の洋書や外国で集めた絵本類が沢山ありまし

た。

映画が好きで、その関係の雑誌や、昔から集めていた

パンフレットも山ほどありました。

消防署の人が、それらを庭へ無造作に投げ捨てたので

もう大変でした。

アルバムや本類の外側は、多少は燃えていたけれど、

無惨な扱いをされたため、よじれたり破けたり…。

それに、消火の際の水で濡れていたため、泥が付いて

しまい、全部グチャグチャな状態でした。

泥を払っても何だか余計に汚なくなる感じ…。

庭の片隅に乾かすための棚を設置。

そこにそれらを運び、積む作業はかなり腰に負担をか

けました。

また、割れた瓦や土が沢山混ざっていて、シャベルで

の土方作業が更に追い打ちをかけました。

瓦礫撤去は、2〜3人の友人が手伝ってくれ、予想以

上に作業がはかどり、それには大変驚きました。

持つべきものは、何と言っても“友”ですね!

見る見る瓦礫の山が小さくなって行き、気持ち的には

凄く楽になり、有難かったです〜!

小さい山なら、仕事が休みの時に少しずつすれば、目

処が付きそうでした。

ゴミ袋に種類分けしていくにつれ、瓦礫の山は無くな

り、変わりにゴミ袋の海と化しました。

庭の片付けがとりあえず終了した時は、大半が片付い

た気がしました。

部屋の中の片付けも大変でしたが、庭の労力と比べた

ら、かなり余裕がありました。

無惨な状態ではありましたが、シャベルは必要無く、

スコップで用は足りました。



燃えた建物は、1階部分は納屋とガレージ。車は無く

物置状態でしたが…。四方の壁はセメントで頑丈そう

だし、見た目は火事前とあまり変わりませんでした。

なので、燃えた2階部分だけを壊し、そこに物干し場

でも造ろうと思いましたが、知り合いの建築家に見て

もらったら、壁の中には水が入っているため腐ってい

る可能性大で危ない…とのことで、基礎から全部取り

壊すことに決めました。

解体業者を決めるのにも時間がかかりました。

その建築家の方に色々アドバイスを受け、かなり心強

かったです。

何だかんだでやっと工事に漕ぎ着け、外見上ようやく

火事の痕跡が消えました。

他人に見えない部分にはまだまだ残っていますが、や

っと休日にも好きな事が出来る余裕が持てました。



ところで話しは変わりますが、

私は年1回、仲間との展覧会に参加しています。

毎年1〜3月頃に開催しています。

火事後の展覧会では通常の作品に加え、

“やけあ〜と”と名付け、もう2作品(※第7回と第

8回の写真参照)を出品しました。

名前からお分かりのように、“焼け跡”の片付けをし

ていた際、ちょっと捨てるには惜しい…と思えるモノ

を発掘!

炎と煙が織りなす合作品。

展覧会目前だったので、作品にしちゃった訳です〜。

ある意味、旬のモノ(?)でもあるしね…。

火事現場に居たもう1人の住人は、

「火事を題材にするなんて〜!」

と批判的ではありましたけどね…。



考えるに…、

火事のお陰(?)で、

ここに体験談を連載させていただけたし、

“やけあ〜と”なるものも生まれたし、

大勢の方々が気にかけてくださり、その気持ちがとて

も嬉しかったし、有難かったし、

それと、

悩みだった部屋の片付けはしなくて済んだし、

ま、代わりに大変な片付けはありましたが…、

結果としては、

悲愴感は全然無く、以前とは人生観も少し変わり、

今思えば、良き体験だったと思っています。



最後に…、

このホームページへの連載にあたり、

お世話くださった方々と、見てくださった方々へ、

この場をお借りして一言…。

「ありがとうございました〜!」

それと、もうひとつ…

「火の用心〜!!!」

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7月第3回「消火」
8月第4回「鎮火後」
9月第5回「検証」
10月第6回「幸運」
11月第7回「整理整頓」
12月第8回「後片付け」
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