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「蕎麦道入門」されど蕎麦猪口

北窗閑人 竹端 章
夏の水草たち
夏の水草たち
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かれこれ30年通っている蕎麦屋がある。
その味と居心地のよさはずっと変わらない。
初代のオーナーであった女将は亡くなり、
現在は従業員であった兄弟が
となりの寿司屋と両方切り盛りしている。
特に蕎麦を手打ちしているわけではなく
何かに強くこだわっている訳ではない。
しかしまた行きたくなるのである。
初代オーナーはいつも店の奥に座し、
客をあたたかく迎えていた。
さりげなく生けられた季節の草花、
てらいの無い接客、
決して計算されたものではない。

今もその良さは受け継がれている。
雨後の筍のごとく今様の飲食店が
開閉店を繰り返している昨今、
決して楽ではないはずだ。
しかし改装も大幅なメニューの
見直しも一度もしていない。
おそらく常連が支えているのだろう。
宣伝や広告に頼らず、
客とのコミュニケーションだけの勝負だ。
少しオーバーだがこんなお店が
地の文化を育んでいくのだろう。
うまいのは蕎麦だけではない。
酒肴になる一品も癖になる味だ。
こなれているのだ。
東京には飲めるいい蕎麦屋が多く、
どこもいい酒を置いている。
が、味見亭も負けてはいない。

他店と何が違うのか。
おそらく店主の気持ちだろう。
もてなしの心意気、
上っ面だけではない本物のもてなし。
言うは易しである。

振り返れば新しいものが
常に古いものを駆逐してきたのは事実。
しかし新しいものがいつも美しいという
担保は何処にも無かったのも事実。
少なくともモノを創る人は
駆逐されてはならないもの、
廃れては困るものの邪魔をしてはいけない。

古染付の蕎麦猪口
古染付の蕎麦猪口
粉引蕎麦猪口
粉引蕎麦猪口
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閑人のやきもの、邪魔?
蕎麦猪口づくりもスタートをきったばかり。
その絵柄の面白さから古いものも手元に少々ある。
実際作ってみるとけっこう難しい。
大きさ、重さ、かたち、色合い等
なかなかしっくりいかない。

ここで閑人流蕎麦猪口の掟。
大きさは少し小さ目がよい。
重さはだしを入れて重すぎないこと。
なぜ蕎麦猪口は上に開いているのか?
閑人の推測だがおそらく親指と中指だけで
軽く持っても落とさないよう!
間違っても強く握り締めるような無粋はいけない。
適度のテーパーをつけること。

細かくなるが蕎麦湯で
薄めただしを飲むことを考えれば、
口作りにはぐいのみを創るのと同様、
繊細な神経が必要だ。
それに色目と柄は蕎麦のかおりと
味を決して邪魔しないこと。
常に蕎麦が主役、猪口はワキなのだ。
このシンプルな器は
何も蕎麦をたぐるだけのものではない。
酒器や湯飲みとして、
酒肴を入れる小鉢としても役に立つ。

そろそろ蕎麦を打ちたくなってきた。
土をこねるのと蕎麦をこねるの似ていません?



竹端 章 HP「陶工房 酔侯廬」
http://www1.kcn.ne.jp/~takebata/


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2003年2月 第2回「やきもの三昧」生活陶芸のすすめ
2003年3月 第3回「壺中天有り」陶と書の出会い
2003年4月 第4回 二人展後談「気は使い手が入れる」
2003年5月 第5回「有酒人生何不楽」芋焼酎を味わう
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