メールはこちらから

やきもの三昧

北窗閑人 竹端 章

やきものに本気でのめりこんだのは
20年ぐらい前だったと思う。
休日はあちこちの骨董市や古美術店を歩き回った。
集めるのは観賞陶器ではなく
雑器と呼ばれる染付の皿や鉢。
古伊万里を買い漁った。
古染付の器はどんな料理にも見事にフィットする。
イタリアンであれフレンチであれ、
造作なく受け入れてしまう。
閑人シェフの頼もしい助っ人である。
写真の微塵唐草の7寸皿は
特にどうということの無い型ものの磁器だが、
しかし見た目に美しく、実に「箸あたり」がいい。
少し知ったかぶりをして
この言葉を使うが言いえて妙、いい器への
最高の誉め言葉ではないかと思っている。

いい器とは、確かに陶土や焼き具合、色合いや形、作者や価格、様々あると思うが要は手にした時のエモイワレヌ柔らかさだと思う。
更に酒器や盃など、口に運ぶ時の唇にあたる感触、云々…、見た目だけで決してその良さは解らない。
一方で陶芸家は日夜、その美しさを追い求めるわけだが、そう簡単には問屋が卸さない。
20年愛用している7寸の染付皿、とにかく使いやすい
20年愛用している7寸の
染付皿、とにかく使いやすい
だから面白いのである。
やきものは焼きあがった時が完成ではない。
使い手と年月により「育て」、「育てられ」た時に
初めて良い器になる。
まさにやきものは「生きもの」と言える。

  染付丸手塩皿と八角幾何学紋皿
染付丸手塩皿と八角幾何学紋皿
-2001年制作


  白泥象嵌中鉢
白泥象嵌中鉢
(φ225×H70)
-2002年制作


 
炭化焼締徳利
炭化焼締徳利-2002年制作
三島中鉢群
三島中鉢群-2001年制作


自分で土をひねり始めて10年が経つ。
花をいける、料理を盛る、茶を飲む、
酒を注ぐ……ための陶器を
気が向くままに創っている。
自分が使いたいものしか創らない。
無手勝流である。その上兎に角いいかげんである。
記録は取らない、ためし焼きもあまりしない。
だからたまにいいものが焼きあがった時、
再現ができない。
新しい土をつくり、釉薬を変え、
次々と違った焼き上がりを追い求める。
結果は無限だ。とにかく深いのである。
人がやきものを創り初めて数千年、
限りなくいいものを残してくれた。
それだけ比べられるものが多いとも言える。
時の重さは新しいものを寄せ付けない強さを持つ。
こちらはたかだか10年、相手にとって不足は無い、
と空元気の今日この頃である。

さあ、土をこねなくては!

次回は3月小展の一足早いWEBギャラリー。


竹端 章 HP「陶工房 酔侯廬」
http://www1.kcn.ne.jp/~takebata/


ホームへ
*** バックナンバー ***
2003年1月 第1回「スローライフ讃歌」草木盆栽のすすめ
2003年2月 第2回「やきもの三昧」生活陶芸のすすめ
2003年3月 第3回「壺中天有り」陶と書の出会い
2003年4月 第4回 二人展後談「気は使い手が入れる」
2003年5月 第5回「有酒人生何不楽」芋焼酎を味わう
2003年6月 第6回「古物礼讃」小さな古時計
2003年7月 第7回「美味探索」スペインはうまいっ!
2003年8月 第8回「蕎麦道入門」されど蕎麦猪口
2003年9月 第9回「閑人料理」夏の一汁一菜
2003年10月 第10回「閑人パン工房」土を焼かずにパンを焼く
2003年11月 第11回「用の器」無口な片口をつくる
2003年12月 第12回 閑人から陶人へ「秋の暮道はだんだん細くなり」
ページのTOPに戻る