奮闘記 in KOLKATA




前回、ベッドNo.25との別れをご報告した。
そしてなんと、3週間後に又同様の患者さんを神様は寄越してくれた。
道に倒れていたのをポリスが運んで来たらしい。
頭の手術痕、右半身不随、言語障害、きれいな足の裏からして生まれも良いに違いない。
No.25との違いは、身長こそ高いがスリムであること、
血圧が高めな他は恐らく内臓疾患はないこと、
あまり激することもなく笑顔の多いことか。
どうも食が進まない様子が気にはなる。
そして、言葉にできないものの
自分の記憶を辿り、考え込んでいる様子なのも。
何をしてあげられるのか、まだ見えずにいる。
患者さんたちは
「Sumikoアンティ、また ボロ・バッチャ(大きな赤ちゃん)だね」と笑っていたが。


突然ですが
コルカタに移り住み、この奮闘記を書き始めて7年が過ぎた。
当初は、何もかも報告したくて、案じてくれている友人たちへの便りの意味も込めて、
拙い文章お構いなしに書き綴った。
そして今、決するところあって、お休み(?)をいただくことにした。
名誉のためでもない、他人に自慢したいためでもない
自分の活動の本筋をあらためて見つめ直し、黙して励みたいと切に願う。
ネットに流布するものに寄稿するとなると、つい余計な修辞を凝らしたり、
理解してもらうための工夫をしたりと、意に染まぬ部分も気になり始めた。
決して訳知りに綴ってはならないとも思う。
貧しく病んだ人たちのために、貧しく生まれた子供たちのために、
粛々と奉仕し続けたい、その思いはなお強い。

この機会を与えていただいたHOTLINEさんに、心から感謝しています。
そしておつき合い下さった読者の皆様に御礼を申し上げます。
どうか我が儘を受け止めていただき、
いつかいつか純な気持ちと言葉でご報告できる日まで、
「頑張れよ」とお心に留めていただければ幸いです。
ありがとうございました。酷暑のコルカタより。


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