奮闘記 in KOLKATA




コルカタの街 サービスより美化優先?
最近、コルカタでは何だか場違いに見える真新しいバス停が、数か所出来た。
Keep your city clean のキャッチと、コルカタの詩聖タゴールの詩と、
そして企業広告がやたら目につく、モダンな待合所だ。
「ああー、それにしてもやっぱり」とがっかりしたのは、
ここにもバス停名がないのである。
「美化作戦もいいけど、もう少し利用者に優しい配慮はないものか」



真新しいバス停待合所

コンクリート製のバス待合所


市民の足であるバスやオートリクシャーを自在に利用できれば、
それはかなりこの街に住み慣れた人。
“よそ者”にはまことに優しくない交通の便なのだ。
オートは、どこからどこ行きに乗れるのか全く標示がないから、
聞いて聞いて経験を重ねるしかない。
客待ちで多数停まっている場所が出発点だから、
行きたい場所を言えばどれに乗ればいいか教えてくれる。

問題はバスである。
バス停の7割くらいはshelterというコンクリートの屋根付き待合所がある。
Bus Stop という標示が設置され始めたのはごく最近である。
待合所もバス停標示もない場合は、人が集まり待っているところがバス停なのだ。
そして最も困るのがバス停の名前が一切標示されていないこと。
目的地の最寄りのバス停が何という名前なのか、
切符を買うとき車掌にどう言えばいいのか、最初の頃は戸惑うことしきりだった。
大きな交差点とか、知っている近そうなバス停名で切符を買い、
運転席近くで前方を凝視していて、それらしき所で「次降りる」と告げて停めさせる。
車掌が常に次のバス停の名をいうとは限らない。
降りてから、近辺の人に「ここのBus Stopは何と言うのか」と尋ねる。
人により呼称が違う場合もあるが、とにかく手帳に書いておく。この繰り返し。

バスには始点と終点名とバスNoが上部に書かれているだけで、
どのルートを通るかは分からないから、バスが停まるたびに行き先を告げて聞く。
手帳には、どこそこへは何番のバスに乗り何と言うバス停で降りるというメモが増えていく。
地元の人でさえ、乗りなれた番号以外は、車掌に大声で聞いている。
仕事熱心な車掌であれば、停まる度に恐ろしく早口で主なルート名を数か所連呼している。
まことに人力頼みで、インドらしい。
バス停に、その停留所名と停まるバスNo、そのルート、時間が標示され、
乗れば車内アナウンスで次のバス停名が確認できる、そんな“当たり前”が、
ここでは当たり前でないのである。



Bus Stopの標示

待合所も標示もないバス停


バスに乗降口のドアはなく、動き始めたバスに飛び乗る光景は当たり前。
この乗降口で外に身を乗り出し立っていた車掌が、
急な進路変更で振り落とされたのを見たこともある。
車内は、LadiesとGents に分かれていてお年寄り優先席もある。
二人掛けシートの幅が狭いため、
巨体のご夫人の横で大抵私は三分の一ほどに身を縮め座っている。
席が空いてなくて立つ場合は、何か掴んでないと運転の粗さでよろけてしまう。
つり輪はない。ラッシュ時で身動きできない車内は要注意、
激しい揺れに姿勢を保つのに必死で財布をすられることもある。
ご丁寧に、“スリにご用心”と車内に書かれてもいるのだが。
大概の男性は親切で、席が空いたから座りなさいとよく声掛けしてくれる。
子供の乗り降りの際に必ず手を貸す車掌の優しさにも、少しホッとする。

以上、諸々の不便さや心地悪さを、インド人にどう思うか尋ねれば、
きっと答えは“No Problem”。
日本でのサービスに慣れた者にはつらいかもしれぬが、
地元の人にとっては何の問題もないのである。
何より安くて縦横無尽に走っているから、便利な足なのである。
料金は4ルピー(2011年8月現在で約7円)から。



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