奮闘記 in KOLKATA




日本の人達と何か思いを同じにしたいと、あの日以来、節約・節電を心がけている。
節約は今までもそうであったから苦もなく平気。
でも、節電のため辛抱していた天井のファンは4/18に体感44℃になってからは
saveしながらonにしている。
例年よりは堪え性が増したかもしれない。



仕事よりクリケット?
3月31日の夕方、いつもの時間にバスを待っていた。
ベンガリーの授業で大学へ行くために。
しかしバスが来る気配がない。(休日でもないのにどうして?)
バス停近くの路上に臨時のテレビ観戦場が設けられていて人だかりがあり、
不安な予感はしたのだが。
30分近く待ってようやく来たバスに乗り、
遅れて着いたクラスに出て訳が分かった。

クリケットワールドカップの準決勝で宿敵パキスタンとの対戦だったのだ。
午後2時半に始まったゲームは、8時間15分後の10時45分、インドの勝利で終わったと。
それにしてもこのフィーバーぶりは半端でない。
会社が休みになったり、早退・欠勤はともあれ、バスまで大幅な間引き運転とは。
夜には打ち上げ花火がドカンドカン。
違法である賭博も横行し、全国で1千億ルピーの掛け金が投じられたとも。
インドが試合に負けると大量のテレビが破壊されるとまで言われていたらしいから、
日本でサッカーのサポーターが川に飛び込むなどはまだ可愛いものかも。
3日後にはスリランカを破り優勝して、興奮は最高潮となったのだ。




クリケット外交?
ワールドカップの準決勝を観戦するパキンスタン・ギラニ首相とインド・シン首相


Happy Easter
4月24日の日曜日、偶然(?)が重なったイースター
(復活祭=十字架に架けられたキリストの復活を祝う日)であった。
「死を待つ人の家」が仮住まい中のプレム・ダンに向かうバスでの出来事。
途中で乗ってきた婆ちゃんが私の横に座った。
身なりは貧しき人のそれ。
私のほうを見て「日本人?」と尋ね、いきなり「Happy Easter」と言った。
あれっ?と思いつつ私も「Happy Easter」とオウム返し。
私の表情から察したのか婆ちゃんは「私はカトリック教徒だ」と言った。
(あとでこのベンガリーを辞書で調べて分かった。)
「私はマザー・テレサの施設で長く奉仕している。
 ニルマル・ヒルダイやプレムダンを知っている?」
「もちろん、今もそこへ行くのか?」
「そう」
すると、婆ちゃんはビニール袋に入れて持っていたバラの花を選り始め、
4本を私に差し出して、
「持っていきな」
「わぁー、ありがとう」
精一杯の笑顔を返して先に降りた。
刺だらけのバラをそおっと持ちプレムダンへ。
シスターに顛末を話すと、小さな祭壇に飾ってと。
ポリ容器に入れたほんとに小さな花だけど、温かく感じられた。

「Happy Easter」が繰り返されたその日のワークの帰り、
バスで横に座った若い女性が首を傾げながら私の顔を見て
「Happy Easter」
今度は英語のやりとりで、「改宗したのですか?」と尋ねる。
「色々とトラブルがあった時、私の友人が
 キリストの愛を信じて祈りなさいと教えてくれました。
 そして魂の平安を得てからはカトリック教徒になりました。
 今はNGOで貧しい子供達の施設で働いたりしています」
「私はカトリック教徒ではないけれど、マザーの施設で奉仕しています」
彼女は、お祈りの言葉をしるした薄いリーフに名前と携帯No.を書き込んで、
何かの折にはぜひご連絡下さいと言った。
きれいな目をしたチャンドラというその女性に、はたして又会うことになるかどうか。

行きと帰りのバスの中で、たまたま隣り合わせたインド人に
「Happy Easter」と声をかけられたこの日、不思議なイースターでもあった。
どちらも恐らく、私がインド人ではないからこの言葉を掛けやすかったのだろう。
ヒンドゥー教徒からカトリック教徒への改宗は、
社会で抑圧され差別されてきた下層カーストの人達に多いという。
また、カトリックの多いインド南部のケララ州やゴア州では、
ヒンドゥー過激派によるカトリックへの迫害・殺害行為が絶えないという一方、
カトリック派は金の力で貧しい人たちを無理やり改宗させているといううわさも絶えない。
“組織”レベルでは醜い実態は少なからずあろうと、
“個人”レベルではひたむきな姿が確かに見てとれるのは、
どの世界にも共通なのであろうか。




カリガートin プレムダンのマリア様の横に婆ちゃんから貰ったバラ




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