奮闘記 in KOLKATA




受け入れていた別れではあったが……
兄が逝った。
難病で余命わずかと宣告され、自呼吸も意識伝達もできなくなり
延命治療で生かされていたが力尽きた。
67歳だった。
ビザ更新も済ませ、「又インドに帰るね」と話しかけて
日本を発ったその日12月17日に亡くなったのだ。
深夜に戻ったコルカタで報せを受けた。
翌朝、日本から里帰りしていた大家さんの助けで
タイまでの便が取れてすぐにとんぼ返り。
タイでもフライト直前に席が取れ19日早朝には京都に着いた。
別れの最期に間に合った幸運に感謝!
兄は、生前願っていたように“自宅で葬儀”も叶い、
親しかった人たちに送られて両親の元へ旅立った。
個性が強く(?)やんちゃな姉と妹(私)に挟まれ、
シャイで真面目で心優しかった兄、
約6年前に宣告された定めを、
義姉も子供達も我々姉妹も受け容れるのに時間がかかったが、
「すべて思し召しのままに」と覚悟はできていた。
でも、色々なエピソードを思い起こすたびに涙がこぼれた。
入院騒ぎなど何度かあった私の修羅場にも、立ち入り過ぎず静かに支えてくれた。
骨になっても、その穏やかな面影が私の心から消えることはない。
自慢せず、人を悪く言わず、さりげなく他を思い遣れた人。
兄を誇りに思い、兄の分まで愛に満ちた生を送りたいと、心から願う。
そして、きっと祈りにも似た思いで看護しつづけてくれた義姉に感謝したい。
26日に再び戻ったコルカタはすっかり冬の気配、
心温かく新春を迎えられますように。


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