奮闘記 in KOLKATA




農作物の豊穣を思えば雨少なくていいのかなと懸念した今年の雨期、
ところがその季節が終わろうとする今、申し訳なげに降り続いている。
あれあれ、延々続くのではと、今度は自分勝手な嘆きも。
ボランティアの安宿街で、この時期デング熱がポツポツ流行るのは例年のごとし。
そして、元気こそ取り柄だった私を襲ったのは胃の激痛だった。
ニルマル・ヒルダイでのワーク中、
立っていられないほどの射しこみでしゃがみ込んだ。
ナースのシスターが薬と注射を処方してくれてその場は治まったものの、
しばらく胃からのアラーム発信を受けとめる日々。
会社時代には、抱え込む仕事の納期や諸々の気遣いで神経をすり減らすと、
決まってアラーム発信されたものだが、コルカタに来てからは初めて。
原因は察しがついている。
ニルマル・ヒルダイでのワークだけなら
どんなにハードでも気持ちはとってもpeaceful。
しかし、もう一つの、施設の運営に関わることでは、
“人をどこまで信じていいのか”
“status・pride・moneyに執着する人々にどう処していけばいいのか”
つねに悩まされていて、平静を保つのが容易ではない。
“相手は変わらない、自分が変わらなければ”
そう言い聞かせつつも、力なさにほとほと疲れてしまう。
自分に苛立つ。これが胃からの警報信号となったのであろう。
混沌の街コルカタの騒音・雑踏・異臭のただ中にいながら、
所在なげに浮き上がっているのを感じるときもある。
情けない“つぶやき”ではあるが、
投げ出せないのならしっかり受け止めて行くしかない。
その耐える強さを、どうぞ神様お与えください。
懐疑心にさいなまれることのありませんように。
自分が為すべきことを見つけられますように。

懐かしい「ようこそ」もある。あの“さすらいナース”の尚美さんが、
南インドの病院へボランティアに行く前にグプタ家に寄ってくれた。
10日間滞在し、マザーの施設でボランティア、そしてマドライへ発った。
3ヶ月後に戻ってくる。
9月17日からは、2年前にネパール・カトマンドゥで
出逢い旅の友となった麻美さんがやってきた。
2ヶ月前に日本を出て、インド各地を回りコルカタ入りしたと連絡があり、
サダルSt.の宿に迎えに行った。まず驚いたのは彼女の頭。
剃ったあと少し伸びたとか、でも“丸坊主”には変わりない。
とても似合っている。僧侶になる決意をして得度したのだという。
ネパールから帰国後、介護を経験し、
四国遍路の旅の途中で尼僧に出逢ったのがきっかけで、
仏教への関心が一層ふくらみ、高野山真言宗の寺を紹介されるなどして、
仏門に入る決意を固めたという。
将来どういった形で僧侶としての生き方を極めるのかの
イメージはまだ描けないが、とりあえずは学びたいという。
恐らくは、知的に教義を理解することや信条を受入れることは、
信仰への第一歩ではあっても、信仰そのものではないであろう。
マザーのように、神の愛を願い・信じつつも悩み、
神の声に従ってひたすら行動するところにこそ、
信仰の姿があると私には思える。
その意味で、これからきっと様々に迷いや疑問を抱くであろう麻美さんが、
見えない真実を確認しながら、信じる道を歩めるように祈りたい。
迷い、つまずいてもいいではないか。
月末までの2週間、ニルマル・ヒルダイでのボランティア初体験にも、
ほんとにひたむきに取り組む爽やかな姿勢を見ていて、そう思った。
衰弱して点滴や経鼻栄養が続いた寝たきりお婆ちゃんを、
二人でバスルームに運び丁寧に洗ってあげると、
心持ち元気を取り戻して顔に精気が甦ったふうで、
支えられながら歩き始めたとき、
「何だかとっても嬉しい」と顔をほころばせる麻美さんを見ていて、
「よかったね」と、私は彼女の笑顔が嬉しかった。

尚美さんも麻美さんも、30代後半、パートナーとの共同生活という夢よりも、
自分のありのままを活かせる居場所を懸命に探っている感じがする。
二人ともほんわり優しい心根の持ち主だし、決して“女”を捨てた訳ではない。
それぞれの想い、それぞれの生き方、編み込む模様は違っていても、
温かな美しさがにじみ出てくると信じたい。

しばしのお別れ

建物の老朽化がすすんだニルマル・ヒルダイでは、大修理に取り掛かるとか。
シスターの話では、“患者さん全員を他の施設に移し完全に閉じて、9月から着手”
の筈だったが、一向にその気配なし。これもThat's India。
市からの許可はおりているらしいが、業者の都合か何かであろう。
いよいよ始まれば、その間私は他の施設には行かず、
別のお役目に注力する予定ではいるが、はてさてどうなりますことか。
軸足を移してもしっかり踏ん張っていけますように。




路上暮らしの母子


スラムの子供達


マザー生誕100年の記念ミサ
ニルマル・ヒルダイに飾られたのは、何故か日本のポスター


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