奮闘記 in KOLKATA




インドの鉄道体験
インドではこれまで長距離の夜行寝台車しか利用したことのない私には、
想定外のハラハラ疲れる鉄道体験であった。
コルカタと近郊の町・村を結ぶいわば近郊電車、
安くて便利な庶民の足なのだろう。
この鉄道を利用して行ったのは、
関係している児童養護施設から親元へ帰した女の子(17歳)の家。
アフターフォローの為であった。
あと2年、地元の学校に通いたいが(日本で言えば高卒)
親はその費用を出せないというので、
一家の暮らしぶりなどを見て判断することになったのだ。
施設のスタッフから聞いた情報は、始発駅から乗ること、女性車両に乗る、
目的地の駅まで約一時間、駅には迎えに来てくれる、これだけ。
始発駅のシアルダまでバスで40分、
切符売り場の長い列に並んで買った切符はたった8ルピー、
一時間乗って16円?確かに安い。
どの電車かはすぐに分かったものの、女性車両はすでに満杯状態。
日本とかに比べてレール幅は60cmほど広く、
車両幅も大きめなのだが、女性専用車が少ないゆえの混雑か。
とはいえ他の車両ももうスキマなさそうで、選択肢なし。
意を決っして乗り込んだが、出発する頃にはとんでもないほどぎゅうぎゅうづめ。
古ぼけて暗い、箱詰め移送車だ。
逞しいおばちゃん達は、通路だけでなく両側に並ぶロマンスシートの
そのあいだにまで入り込んで座り込み、立っている者は足の置き場さえ選べない。
ドアなど無い乗降口のきわまでしゃがみこんでいる。
この様子を見ていて、ニルマル・ヒルダイに運び込まれたクリシュナを思い浮かべた。
彼女はこんな列車から振り落とされたのだ、
そしてさらに轢かれて左手と右足を失くした。
入所してもう一ヶ月を超えるが深くえぐれた床ずれの完治さえまだ遠い。
いつか又列車に乗る日も来るのだろうか。

やがて、大きな籠を頭に載せて物売りの男の子が乗り込んでくる。
籠を無理やり床に置いてグアバを売り始める。
その場で食べる用に、持ち帰り用に、15分ほどで全部さばいて降りていった。
降りたホームには補充用のグアバのジュート袋を横に男が待機していた。
(そうか、この沿線で何度も勝手に乗り降りして商売しているんだ)
きょろきょろしている私に、あちこちから視線が向けられているのに気づく。
恐らくこの列車では滅多に出くわさない外人、かなり好奇の眼で見ている。
それにしても、何とかまびすしいこと。みな声を張り上げおしゃべりしている。
昼過ぎのこの時間、コルカタで物売りして村に帰る女たちだろうか。
身なりは大抵薄汚れたサリーだ。
20台近くはある天井の扇風機が、
熱風もその話し声もかき回しているみたいで余計に暑く感じる。
汗が噴き出てくる。
そして次に乗り込んできたのはアクセサリー売りの男。
木の枝ふうの什器に安っぽいネックレスやピアス、ブレスをびっしりぶら下げている。
10ルピー紙幣が行き交いポツポツ売れていく。
(こんなに混雑する車内で商売しなくても……)
そうこうするうちに、少し不安になり始めた。
目的駅まで約一時間とは聞いたが、社内アナウンスもないし、
ホームの表示は該当駅のみで、前後の駅名は書かれていない。
車両の中央に押し込まれていたため、
駅名を確認してから降り口に向かうのはまず無理。
駅に着くたび表示を必死で目で追う様子を察したのか、
「どこまで行くのか?」と廻りの女性が聞いてきた。
握ったメモを見ながら駅名を何度か繰り返した。
「それならまだだよ、ちゃんと教えてあげるから」と
多分言っているのだろうが、何とも落ち着かない。
その後も何人かが話し掛けてくるうち、
遂に一人が「次だよ、右側から降りるんだよ」と指し示してくれた。
かきわけかきわけ降り口に向かい、
列車がホームに近づくと思わず車内を振り返って何人かに
(ありがとね)と笑顔で合図した。
返してくれた笑顔がとても気さくで嬉しかった。
ホームに降り、目指すビジャータとお婆ちゃんを見つけると、
ホッとするやら懐かしいやら。
コルカタからわずか一時間、あの喧騒からは想像できない農村風景が広がる。

たったひと間の彼女の家で話していると、村中の人が集まり始め、
変な異邦人を不思議げに観察しはじめた。
学校のこと、卒業してからのこと、話し合い励まし、
家族とその暮らしぶりも理解できた。
「来てくれてありがとう。日本のみんなにありがとうを伝えてね。又会いたいな」

疲れる行程ではあったが、行ってよかった。
この次には、少し気持ちにゆとりを持って再訪できるよう祈りたい。




貧しくとも空気の澄んだ村

ビジャータの家へ向かう

家の前で村人たちと。中央がビジャータ


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