奮闘記 in KOLKATA




悲しい報せ
あぁー、やっぱり最期は看取れなかった!
6月13日、雨期入りを思わせる雨が降り続いた。そのあくる朝、午前3時に眼が醒めた。
メールの受信箱を見て愕然。実家の姪からで、タイトルは「ムクちゃんの旅立ち」。
愛犬ムクが老衰で食べられなくなり一週間、12日に静かに逝ったという。
義姉や姪っ子達の家族全員でお葬式をしてくれたとも。
泣きながら返信をした。
私が引取り手のない雑種の子犬をもらってきて実家に託したのが18年前、
ころころムクムクしていたので「ムク」。
以来、恐らくは自分も人間家族の一員で、
飼われている犬とは思っていないのではないかと思えるほど、
居て当たり前の大事な存在になった。
若い(?) 頃は、私が実家に帰るのが何ヶ月ぶりであっても、玄関の戸を開けるだけで、
ずうっと奥の裏庭から飛んで迎えにきて、はしゃぎ回っていた。
姪の家族総勢が集まり食事が始まると、わずかに開けた障子の隙間から
仲間に入れろと頭だけ出して目で訴えていた。
4年前、コルカタから帰省した時には、ヘルニアですぐに手術が必要と診断され
God handを持つという奈良の名医のもとへ車で連れて行ったこともあった。
手術を待つあいだの心もとなさは、
名医の「ハイ終わりました、ムクちゃん大丈夫ですよ」でふっ飛んだ。
「一週間の入院中はお見舞いに来ないで下さいね。」
「えっ?」
「お見舞いに来て帰られると、ムクちゃんは置いてきぼりにされたと弱気になりますから。
 ご心配なら電話で…」
犬の気持ちを推し量れるからこその名医なんだろう。
治療費を友人に言うと「何で犬にそんなに」と馬鹿にされたが、お金で計れない命なのだ。
元気になったものの、高齢ゆえの衰えは如何ともしがたく、
散歩に出てもヨタヨタして、歩ける距離も減っていった。
その様子を見て、通りがかりの人が微笑みながら「おいくつですか?」と
尋ねてくれることも何度か。
(この人も犬好きなんだ、きっと)何だか嬉しかった。
老いても目が素晴らしく可愛いいのが私の自慢でもあった。
寝た切りの兄を介護してくれている義姉をどんなに慰めてくれたことか。

そのムクがもう居ない実家に、18日に所用で京都に帰った。
一週間だけ、大事な会議と会うべき人との約束を果たすために。

姪のご主人が描いてくれたムクの肖像画(?) が、両親の遺影に並んでいた。
骨壷の横には、頼んでおいたアルバムも。
そのページを繰りながら、涙が止まらなかった。
両手に乗るくらいに小さな頃から、家族とのさまざまなショット、
そして霊園でムクのお骨を拾う子供達の様子……。
限りあるいのち、分かってはいてもあまりに愛しい存在で、受け入れるのがつらい。

見れば寂しいくせに、ムクの写真データをコピーしてコルカタに持ち帰った。

ありがとう! ムクも幸せだった?
向うで又会えるといいね。




晩年のムク

ムクの旅立ち 姪の子供達の絵も添えられて


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