奮闘記 in KOLKATA




Hola!オラ!こんにちは
陽気なスペイン人母娘が
一ヶ月あまりのグプタ家滞在を終えて居なくなると、まるで台風一過の静けさ。
70歳、90kg超の痛快ママ・イザベルは、
末娘アンドレアとの2年ぶりの再会をここコルカタで果たした。
きっと予想もしなかった展開で。
アンドレア(35歳) は、2年前に結婚したご主人と
タイでスキューバダイビングのコーチをしながら暮らしていて、
以前からボランティアで訪れていたコルカタ行きは結婚後もやめられないらしい。
いつも定宿はサダルSt.の安宿街なのだが、
ママがスペインから来るからには安心して任せられる
ゲストハウスがないものかと思っていたところ、
グプタ家常連のスペイン人・パトリシアから紹介され、
私宛に問い合わせてきたという次第。
最初はママの分だけ予約して、
時々自分も泊るかもしれないと言っていたアンドレアも、
結局ずっとここにステイした。
ママのスペイン料理は食べられるし、ホットシャワーに冷蔵庫・浄水器、
ゆったり・清潔……心地よさで「サダルには戻れなかった」と。


料理をしているイザベルママ


さてさて、イザベルママの日課は、朝ゆっくりめに起きてどんぶり飯ならぬ
”どんぶりシリアル”(山盛りコーンフレークスになみなみミルク) を一気食べ。
身支度を整えて近くの市場へお買い物に、
そして お得意の一品と果物を用意して娘がボランティアから帰るのを待つ。
CDを聴いたり、お祈りしたり。
アンドレアの仕事は、ハウラー駅構内を巡回して
弱った人・危なそうな人をpick upしてニルマル・ヒルダイへ運ぶ
station workと呼ばれる仕事だから、時間が不規則になりがち。
娘の帰りが遅いとママは半べそをかきながら
「キラーン、キラーン」と
階下のキランママを呼びつけスペイン語でこぼす。
アンドレアが戻り、二人でランチを楽しんだあとは、
ひと休みしてからニルマル・ヒルダイへ。
イザベルママはミシンかけも得意だから、破れた衣類の繕いをしたり、
患者さんにマッサージしたりのボランティア・ワークをする。
アンドレアは勉強中のベンガリーで患者さんと会話の実践。
夕食はランチの残りやどんぶりシリアル。
1kg入りのでかいシリアルは3日ほどで空になる。

レインボー・ホームでの泊りが増えた私がイザベルの
「オラ!オラ!」(こんにちは) を聞いて時間をともにするのは、
ボランティアから戻ってわずか2時間ほどのあいだだけが大半だったが、
ママとスペイン料理両方のダイナミックさに脱帽しきり。
まずオリーブオイルの使いっぷり、半端じゃない。
23cm径のフライパンに深さ約1.5cmのオイルを入れ、
じゃがいも・玉葱・ニンニクのスライスを炒めて取り出す。
又同量のオイルを足して、かき混ぜた6個の玉子を入れ、
炒めた野菜を戻してこんがり両面を焼く。
これだけたっぷりオリーブオイルを使わないとあの旨さは出ないらしい。
70歳と思えぬツルツル美肌はこのオイルのせいかしらと推測。
Sumiko手持ちのオイルがみるまに減ってもOK。
料理をしながら歌い、首尾よく仕上がれば一層トーンを上げて踊り、
誰かを掴まえてはダンスし、ついついこの陽気さに引き込まれてしまう。
あるときは、部屋に付けた数字合わせ式の鍵が開けられないと半べそ。
実はこの数字を書いたカードをアンドレアから渡されてバッグに入れていたのだが、
興奮してカードのことも頭から飛んでいたのだ。
買い物から帰ってお釣りが足りないと半べそをかきながら
「キラーン、キラーン」。途中で転んで踵を挫いたと半べそ。
万事この調子で、キランママはしょっちゅう呼びつけられる。
どうもイザベルにとっては、キランママが長女でアンドレアが次女のような。
お顔の手入れも念入りなイザベルは、キランママのお肌改善にも意欲を見せ、
毎日部屋に呼んでマッサージ、 クリーム類も買ってお手入れ伝授したそうな。
(キランママは続けないもんねぇー。)




キランママのサリーを着せてもらってご機嫌


アンドレアはというと、とても心根の優しい美人。
電子レンジでミルクを温める以外は、食器類を洗うくらいで何もしない。
聞くと、タイでの暮らしは夫婦の役割が逆転しているらしい。
料理・洗濯・掃除の家事一切はご主人がするとか。
ダイビングのコーチは夫婦の大事な仕事だけれど、
3時間という時間制限があって午後は出来ない。
そこでアンドレアは小学校で英語を教え、ご主人は家事にいそしむという。
毎日の長距離電話で「君の為に料理が作れず寂しい」と言っているそうで、
思わず“ご馳走さま”。
アンドレアの魅力あればこそでしょうが、いいですねぇー、
羨ましいですねぇー、そんな人居ませんかねぇー。

母娘ともに敬虔なカトリック教徒だから、マザーハウスでのミサにも揃って出席していたし、
部屋で聖書を読みふけることもしばしば。
イザベルは交通事故で旦那さんを失い、自分も半年近くの入院で九死に一生を得たとか。
あつい信仰心が彼女を支えていたのだろう。

英語を全く解さないイザベルママと、
スペイン語ちんぷんかんぷんの我々とのコミュニケーションは、
その場の状況と身振り手振りでなんとかなるもの、
はたから見てるとかなり可笑しげだったに違いない。
そんなこんなでいよいよ発つ日、
私が書いた長〜い手紙をアンドレアがママに通訳してくれた。
ママは両手を広げて私をハグし、巨大なおっぱいの上に乗っかかるように抱き上げてくれた。

“そう、貴女の大らかさを私もこよなく愛します。
 もうママとは会えないかもしれないけれど、 愛情たっぷりの手料理も陽気さも忘れません。”


お別れ夕食会のメニュー
右端・ちらし寿司、手前・スパニッシュオムレツ、奥・ゆで玉子のツナ詰め
左手前・野菜のスペイン風煮込み、その奥・キランママの手作りお菓子


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