奮闘記 in KOLKATA


余計なお世話と言われようと
11月も20日を過ぎるとようやく朝晩は少しひんやりし始めた。
京都の寒さに震える日も近い。ビザ取得で帰るから。
6ヶ月の観光ビザをこれまで延々書き換えて来たのだが、
ここらで少し作戦変更。大阪でのビザ発給がとても厳しくなったのだ。
5月、インドビザが毎ページのパスポートを見てインド人責任者は、
一体何をしているのだと聞いた。
一瞬迷ったが「マザー・テレサの施設で……」とありのままを言うと、
「インドは海外からのボランテイアを求めていません」ときた。
そう、“ボランティア”という言葉は禁句なのである。
すったもんだの末、次は必ず必要書類を用意しますから、
との念書を書かされその場は治まった。
必要書類すなわち何か学校の入学許可とか雇用証明とかのたぐいである。
発給が厳しくなったのは、
昨年インド国内で続いたテロによる保安対策とも聞いたが、
「ボランテイアを求めていません」という現実離れの台詞にも
苦笑してしまう。
インド国民としてのプライドが言わしめるのだろう、
コルカタに戻りインド人も含め何人かに聞いてみたが同意見だった。
あくまで対外的には飛躍しつつある経済大国インドであるし、
“富と貧”の格差を認識しつつも、大半の人達は貧困対策など無関心、
自分達の功徳のために施しをする対象として
貧しき人々は必要な存在でもあるから。
ヒンドゥー社会のこれが現実といえようか。
コルカタに拠点を移した当初、言われたものだ。
「マザー・テレサの施設でボランティア?
自分の為にやってるんでしょう?」
見ても触っても穢れるとされた人達に看護の形で奉仕するか、
ルピーを恵むかの違いで、自分の功徳のためというのは同じだろうと
言いたかったのだろう。
そうじゃないとも言い切れないし、
う〜んと言葉に詰まったのを覚えている。
ただ、目的と結果の違いはあるのではないか。
病んだ貧しい人に仕え愛する、そのことで喜びを感じさせてもらえる、
結果として自分のためになっているが目的ではない。
ともあれ “余計なお世話”扱いされようと、
待ってくれている人がいる限りあきらめない。

今度トライするのはstudent visa、語学学校に通いますからというもの。
ニルマル・ヒルダイの患者さんたちとの、
そして児童養護施設レインボー・ホームの子供たちとの
コミュニケーションを深めるためにも、ベンガリーを勉強しなおす必要を
痛感していたため、一挙両得という訳である。
通うのは、ヒンドゥー教系の社会奉仕僧団ラーマクリシュナ・ミッションの
語学学校、外国人留学生も多く受け入れている。
入学証明をもらいに行くと、インドの知識人女性の典型のような
校長が面接をしてくれ、すぐに書類発行を指示してくれた。
秘書の男性マンダルは日本語を勉強中らしく、
とても好意的に対応してくれたのが今後のためにも心強い。
入学金200Rs. 授業料は週2回各2.5時間で月100Rs.、
テキスト代を入れても一年1,500Rs.3,000円くらいでとても助かる。
脳みそが付き合ってくれて首尾よくいけば、初級から上級まで
3年間はこれでビザもOK。でもそのあとは?
誰かいないかな、書類だけでも結婚してくれるような人が??


ニルマル・ヒルダイ 最近の様子

私の恋人サラショティ 路上暮らしの一家の宝。
毎朝この子の笑顔で私の一日が始まる。


「帰ってくるから…」
「今日はlast day、日本に帰るから」と幾人かの患者さんに告げた。
娘のように思っていたシュンダは、ふてくされたように黙りこくっていた。
「帰ってくるから」と言っても寝たふりしていた。
彼女が運び込まれたのは去年の11月だからもう一年になる。
ハウラー駅のプラットホームで上半身火傷を負い失神していたのをpick upされた。
精神疾患の旦那が、どこで入手したのか寝ている彼女に熱湯をぶっかけたらしい。
ひどくただれていて包帯もまけず、
一ヶ月以上は全身を覆うネットをベッドにかぶせていた。
小さな窓を開け、吸い口で栄養飲料を飲ませていたのを
彼女も覚えているらしい。ネットから解放されたあと、
治療は何人ものナースボランティアに引き継がれたが、
ガーゼ交換や消毒が痛くていつも泣いていた。
最近ようやく皮膚も落着き、明るくひょうきんな存在になっていたのに、
出ていく日を思うと私は気が重い。
5人の子を産み3人を亡くして、残る2人は今母親が育てているらしいが、
帰る場所が路上であってもシュンダはもちろん子供に会いたい訳で、
どこかへ行った旦那もあてにならず、どうして生きていくのだろうと。
まだ30過ぎだから、日銭を稼げる仕事を見つけられればいいが。

もう一人気になる新患がモン・ゴシュ30歳。
全盲である以外疾患はないように見えた。
pick upされた時の様子を聞くと、下半身に出血があり、
幾人かの男に強姦されたらしく泣きながら横たわっていたとか。
ボランティアが持っていた服に着替えさせて運んできた。
「妊娠した可能性もあるのでは?」とシスターに聞くと、
しばらくしてから検査をするが、どちらにせよ路上には戻さず
他の施設へ行くことになるかもしれないと。
しばらくモン・ゴシュの横に座って彼女の横顔を見ながら肩を抱いていた。
長いまつ毛と美しい瞳、「私の大事な人、好きだよ」
黙っていたが眼から涙が。私ももらい泣きしそうでこらえた。
恐ろしい体験がよみがえっているに違いない。
いたたまれず抱きしめるしかできなかった。
優しくしてくれるお婆ちゃんの隣で、少しは落着いてくれますように。
明るい表情のモン・ゴシュに再会できますように。


シュンダ 首筋の火傷跡が痛々しい

右がモン・ゴシュ、隣のベッドの
お婆ちゃんが優しい慰めに?


▲このページのTOPへ