奮闘記 in KOLKATA


吸ってー吐いてー、伸ばしてー笑ってー
近くのラビンドラ・サロバール湖とダクリア湖のほとり、
散歩道を気の向くままに歩いて一周約一時間半。
ジョギングやウォーキングする人たちと行き交いながら、
クリケット・クラブやボートのクラブハウス、日本山妙法寺も見つけたり、
朝日にきらきら輝く湖面に目を細めたり、まだ空気澄む早朝ならば
埃と喧騒の街コルカタであることを忘れてしまいそうな清々しさである。
キランママも、雨降りでない限り6時頃からこの辺りをウォーキングするのが日課。
ボランティア休日の木曜、久しぶりに私も加わった。
ステイしていた関学生の法子さんと一緒に、ヨガを楽しむグループに紛れ込もうと。
大抵が中高年の集いだから、動きはソフト、
呼吸法と軽いストレッチの組合せといった感じ。
続けていないのに偉そうに言えないが、ハード好きの私には少し物足りない。
で、laughing Yogaを取り入れているグループを目指すことに。
ライオンズ・クラブが管理する公園に入ると、
見事に枝を張った大木の根っこに先生、
その動きに合わせて恰幅のいい男女40人ほどがヨガ真っ最中。
私はもっぱら参加者をウォッチングしたり、
laughing Yogaの効能書き看板を見たりしてぶーらぶら。
“糖尿病や心肺の諸症状に、ダイエットに、免疫機能の強化に……”と、
難しい顔してるよりは笑うほうが心身の健康にはよいのは通説。
基本のヨガに続いて先生が交代、
いよいよ豪快に笑いあうのかと期待したのに、あれまぁ上品なこと。
まず腹から声を大きく出してあーー、
そして両手を挙げて“わっはっはー、わっはっはー”これを数回繰り返すだけ。
顔が笑ってない人もいたけど、これでストレス発散したのかな。
あまりストレスありそな紳士淑女には見えなかったけど……。
メンバーの誰かが誕生日だったりすると、クッキーやチャイが皆にふるまわれ、
ヨガのあとのひとときが社交の場になるらしい。
この日はチョコキャンディーをゲット。
ともあれ、朝早くから五感を働かせるのは至極健康的ではある。


少しばかり上品な早朝ヨガ。殿方は右手後方に


“マンショ(肉)だ、マンショだ”
マザーの没後12周年の9月5日、
ニルマル・ヒルダイのキッチンでは早朝から炊き出し準備でてんやわんや。
患者さん分を含めると300人分は超えるチキンカレーを、出張料理の男たちが作っていた。
洗い場でさばかれる鶏も、にんにく・スパイス・オイルの量も半端でない。
豪快な調理に目を丸くしている私に、“どうだ、旨そうだろう”と言わんばかりに
シェフ(?)は目くばせして手の動きを一層速めた。
昼前、我々が朝のワークを終えて帰る頃、ようやく路上やスラムの人達に配給が始まった。
今回は、子供から順に中に招き入れてのふるまいだ。
馴染みのチビたちも神妙に、あるいは顔中ほころばせて並んでいる。
小雨降る外では長い列が出来ていた。
小さなポリ袋ひとつが荷物の裸足の爺ちゃんも、
濡れネズミのごとき腰の曲がった婆ちゃんも、
元の色が分からないほど薄汚れたルンギー(腰布)が痩せた腰に濡れて
へばりついたおじちゃんも、押し黙って順を待っている。
滅多にありつけない大盛りチキンカレーで栄養不足が解消される筈もないが、
僅かなしあわせ気分は味わえるだろう。
患者さんたちはといえば、このところdonation続きでとてもリッチな食事情だ。
自分達の祝い事のつど差し入れてくれる人々、
大挙して朝食を運び入れてくれる医科大学生などなど、
シスターは申し出を断りはしないが私としては痛し痒しで思い複雑。
その善意を何か他に回せないかとため息が出る。
喜捨を望む人達のためにこの施設がある訳ではないのだから。


子供達から順にチキンカレーを配る


明るい向こうにたどり着いたかな?
「Jamilaは死を怖れている」スペイン人ドクターのパトリシアが私に言った。
いつも近づくと弱々しく手を差し出す、
握ってあげると意外な強さでその手を放そうとしない、
肉が落ちて骨格だけになった身体に不釣り合いなほど大きく見開いた目が、
どこか遠くを見つめている、そんな様子からパトリシアが感じたのだろう。
確かに死期は近づいていた。
食べられなくなったある日、「何か食べたいものは?」と聞くと
「アム(マンゴー)」と答えた。
もうシーズン終わりで近くの市場にはない。
次の日、やっと探したマンゴーを刻んで口に運ぶと、
無表情ながらゆっくり咀嚼し、一個分平らげてくれた。
他にはもう水分しか取れなくなった。
傍で飲み込む様子をじっと見ながら「愛してるよ」と言うと、ふんふんと頷くのが愛おしかった。
そのJamilaが、肉体の衰弱を意識し、彼女なりに50年あまりの生の終わりを、
行く手の暗闇をじっと見据えはじめていたのだろうか。
9月7日朝、とうとう逝った。
着いて一番に彼女の傍に行き「Jamila、お早う」と肩に触れると「水が欲しい」と。
「そぉー、水が欲しいんだね」と、吸い口に入れて戻った。
3口ほど飲むと、すうーっと静かに寝入るふうだった。
でも様子がおかしい。呼びかけながら喉元に触れると脈が薄れている。
2階のシスターを呼びに行く。あっけなかった。
お祈りしてくれるあいだ、瞼が大きな瞳をふさぐよう指で押さえていたが、
(別れの前に私を待っていてくれたのかな)と思え涙があふれてしようがなかった。
腰も膝も曲がったままで白布にくるまれるとほんとに小さかった。
リキシャーに載せられ火葬場へ向かうのを見送ったが、
周りはいつもと変わりなく、貧しくも逞しき人々の往来。
いや、近づくドウルガ・プジャの祭りでいつも以上に賑々しい。


ニルマル・ヒルダイの横の路上で。祭りを控えて床屋も大忙し


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