奮闘記 in KOLKATA


それはないでしょThat’s India
久しぶりに呆れたThat’sIndia、
しばらく憤懣の納めどころに戸惑ったが、これも仕方なしかと半ばあきらめ。
ことはインドの郵便事情である。
これまで日本からの荷物では何度かトラブルは体験している。
船便でもないのに半年かかったり、中身の紛失や壊れ等々。
そこで先日、頼まれ物の大・小2個の荷物を日本へ送るにあたり、
かなり厳重に梱包して郵便局に持ち込んだ。
しかし局員いわく「まず外でパッケージングして」と。
(ははーん、これがママの言っていた再梱包のことか)と思ったが、
「いや、しっかり梱包したからこれで大丈夫」と言うも相手は聞かず。
若い男が抜け目なく私の後ろに待機していて、二個の荷物を抱えて外に出ていく。
封筒やボールペン、糊などを売りながらパッケージングも商いとする露店が三軒あり、
その男は自分の店で作業に取り掛かった。
サリー生地の半端物らしい白の薄い布(端にラインが入っていたから)を切り、
段ボールをそっくり包むように巻き、布の合わせ部をすべて糸で縫い合わせる。
そして溶かした蝋を15センチおき位に塗りつける、これがインド式再梱包である。
私が持ち込んだ長辺70センチ近い荷物だと30分ほどかかる。
男の手元を見ながら、(なんでここまで?)(いくら請求するんだろう?)
胡散臭げな顔つきをしているであろう自分を嫌に思いつつ、何とも無為の時間を過ごした。
二つのパッケージングを終えると、その薄い布に直に宛名と差出人を両方書けと。
そして窓口でもらう送り状に中身の明細を書くと、今度はそのコピーを7部取ってこいと。
近くのZEROX店へ行く。
男は二つの荷物の底に一枚ずつ糊で貼りつけ、
残り3枚ずつは四つ折りにして糸で一ヶ所を箱に縫いつけた。
やっと完了だ。いくら? 300ルピー。
予想の3倍を言ってきた。(ありえなーい!)
すぐには払わず、窓口の局員に高いと思わないか?と聞いてみた。
局員は若い男の顔をチラッと見たが「外のことは関知しない」とそっけない。
取りあえず郵送料金の支払いを済ませてから外に出て、
小さめの箱にパッケージングしている老人に聞いてみた。
「これでいくら?」「50ルピー」
それでも高いとは思いつつ、大小で150払うと言って待っていた男に差し出した。
相手も譲らず結局200ルピーを払って引き揚げた。
都合一時間はゆうに超えていた。
頭に浮かんだのは、いつも近くでサンダルや靴の修理をしてくれる爺ちゃんである。
3〜10ルピーで大概の修理をしてくれるから、申し訳なくていつも少し多めに渡す。
あの爺ちゃんの仕事に比べ、布での梱包がさほど高度である訳でなし、
手間もさして変わらないのに、外国へ荷物を送りたい人の足下を見た特別料金か?
肝心の“再梱包の何故?”であるが、
一つはインド国内での作業員の扱いが雑なため箱が壊れても中身が飛び出るのを防ぐため、
二つ目は不届き物が箱を開けるのを防ぐためとか。
悪しき癖を前提にした決めごとが当たり前にまかり通り、
荒稼ぎできる仕事を作っているみたいではないか。
やり方に逆らえないなら、foreigner’s priceにやすやすと応じる悪例だけは作りたくないと思う。


海外への荷物発送を取扱う郵便局。
前には封筒類を商うかたわら ”再梱包”を請ける露店


Happy feast day!
8月22日(土)はNirmal Hriday 「死を待つ人の家」の設立57周年の記念日。
マザーが作った最初の愛の家で奉仕する我々が、
マザーの祈りをそれぞれに想い起して心新たにする日である。
隅々まで清潔にして迎えるために、4日前から雨期の晴れ間を祈りつつ大掃除を強行。
消毒拭きして干す大事なベッドマットレスや枕が雨ざらしになることもなく、
ワーカー・ボランティア・シスター総動員で無事終えた。
当日は記念のミサと、患者さんはじめみんなにご馳走の大盤振舞い。
ミサのあとでも、その日の意味を理解できないでいたのは日本人の若者、説明はしたが少し寂しかった。
患者さんの登録簿の通し番号は85450、全ての人がここで最期を迎えたわけではない。
半数以上が病や傷を癒して路上やスラムに帰っていった。あるいは戻ってきて又出て行った。


「死を待つ人の家」、マザーの写真と「Welcome to Mother’s First Love」


マザー・テレサにとって、
”貧しい中でも最も貧しい人々に仕える”ということは、神に仕えることであった。
愛に飢えた貧しい人を愛するのは、神を愛することであった。
”貧しい人のなかに愛に乾いた神を見る”ほどの信仰心は私にはない。
でも、愛することの喜びを、仕えている人からいただくという確かな感じは分かってきた。
清貧の心も、慎み深さも、人を許す心の広さも、足りないだらけの自分であっても、
その不完全で小さな自分にもできることを心を込めてやり続けたい、その思いは変わらない。
たとえ、苦悩と絶望の底にまた落ちることがあっても、
病に倒れることがあっても、すべてを受け容れたい。
ただ願わくばそれに耐える力をお与え下さいと祈りたい。
どうぞ、明るさと微笑みの光を放ち続けられますように。


ニルマル・ヒルダイの近くで、路上の子供達の作戦成功。
プジャ(お祭り)の日に楽しげな創作でルピーをしっかり稼ぐ


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