もう4年、まだ4年?

ニルマル・ヒルダイに来るボランティアからよく言われる。
「4年もここで?」
応えて「たった4年です」
「何故、ここで?」
「一日かけても説明できそうにないから、
 お話しないことにしています、ごめんね」
ビザ書換えでコルカタを離れる時と木曜の休日を除けば、
1000日あまり同じ日課を繰り返したことに。
“長さ”じゃない、“濃さ”だよね、自信ないけど。
ボランティアとしては常に下っ端、大きな顔をしない、これ大事だ。
Love & Smile、努めたけど、自分本位に動いてることもあったよね、きっと。
患者さんは敏感だから、表情に曇りがあると逆に心配してくれたり。
沢山の生と死に出逢ったけれど、看取れなかった人も多いけれど、
ここでは決して厄介者でなかったと、みんな感じてくれたかな。
逝った彼女たち、聞いて欲しいこといっぱいあったろうな
路上やスラムに戻った人たち、きちんと食べてるかな、家族に会えたのかな
垢と汚物まみれで寝っ転がってるのでは?



色の祭りホーリー、色水と粉で上機嫌の母と息子

すっかり溶け込んで、とは云えそうにないけれど、
コルカタの街と人のなかで、もう浮いてはいない、きっと。
喉や鼻をしょっちゅう痛めるこの空気も、ゴミも異臭も喧噪も
貧しさも豊かさも、カオス・コルカタが呑みこみ
人々のタフネスに導かれ、我が処すべきすべを教えられる。
便利も不便も、快・不快も気持ひとつ。
このカオスが不思議に心地よく思えると苦笑いする日本人も多い。
身構えなくていいせいか、建て前世界で人の目を気にする必要ないからか‥‥



ハンセン病施設で、患者の子供たち(感染はしていない)


国と国・人と人の違いで、常識が非常識、非常識が常識を少し理解して
怒らず、イライラせず、細事にこだわらず、ありがとうを期待せず、
感心もし、教えられもして、That’s India
いい笑顔・寂しい表情の貧しき人々がいて、
財とstatusに執着する富める人々がいて
不器用でささやかな愛もあれば、大いなる無関心が幅を効かせ、
さまざまな改革を遅らせても、“世界の大国”への夢と自信を標榜する
不思議の国、インド。どう変わり、どう変わらないか、見届けたい。



ハンセン病施設内で作られる義足・義手(木製)


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