ビバKathmandu その2

納豆、ざる蕎麦、ネパール料理、チベット料理‥‥興味津々の食探検と観光名所狙い撃ち、
そして少しのショッピング、麻美さんと気ままに楽しんだカトマンドゥ。
思えば、コルカタから異国に遊んでいるという感じではなかった。
地理的・歴史的にもインド文明の影響は深いし、
大事な交易相手国であるからインド色いっぱいも当然?
貧しい農村部から出稼ぎに来る人・人・人で過密現象もコルカタと同じ、
車やオートバイのラッシュで巻きあがる砂埃、
色とりどりのヒンドゥーの神々、ダル(豆のスープ)にご飯と野菜カレーのダルバート、
蒸し餃子(モモ)・焼きそば(チョーメン)・サモサ、停電、みな同じである。
スーパーの棚に並ぶインド製の日用品や食品、少しレートの低いルピーまで。
違いはといえば、コルカタほど路上生活者も見かけないし、
超モダンで大きなショッピングモールもないし、
極端な格差のないアジア最貧国の首都というところか。
ただ、観光客向けの宿や土産物店が集中しているタメル地区が、
ディスコもネットカフェも多国籍の料理も
パン・ケーキ類も何でもありのエンターテイメント街であるのが何か異様な感じではある。
総じてネワール人やチベタンの表情がどこか素朴でいい笑顔なのが、
この街を好きになった一因かも知れない。


ボダナートへ向かう乗合オートで前に座った少女

ささやかな至福

カトマンドゥでの残り4泊用にブッディが手配してくれたホテルは部屋も狭く清潔度も不満なため、
1泊だけして麻美さんの居るゲストハウスに移った。
一泊2700円から400円に格下げしたのに快適度はアップ。
おまけに、すぐ隣が日本人経営のカフェでブラツクコーヒー(45円)が旨いとくれば文句なし。
さて、印・独・英・米に次いで日本人観光客が多いというネパール、
そのゆえかカトマンドゥで日本食にありつくのは簡単、本格派から庶民派まで10軒ほどはある。
しかしわずかの日数で地元料理も試したいとなると、和食は、外せぬメニューのみとなる。
決めたのは納豆と蕎麦。レストラン「おふくろの味」の朝食セットは
納豆・豆腐の味噌汁・ゆでホウレンソウなどご覧の7品で180円。
納豆はこの地でこの店用に無農薬大豆で作らせているという。
日本に帰れば毎日納豆のまとめ食いをする私には、
それとたがわぬ味の納豆だけでカトマンドゥの評点が上がるというものだ。
メニューには他にカツ丼や親子丼、コロッケも。
そして、夜タクシーで向かったのは高台のホテルにある「ヒマラヤ蕎麦処」、
私はざる蕎麦、麻美さんはかき揚げ蕎麦を頼んだ。
なんと出てきたのは10割蕎麦ではないか。
好みはあろうが私はこの玄蕎麦の香ばしさこそ蕎麦の味と決め込んでいるので、これも合格。
まさかカトマンドゥでねぇー。
米作に不向きなヒマラヤ高地では蕎麦が栽培されていて、
蕎麦がきやクレープ状にして主食にしているらしい。
この店の蕎麦職人は長野の戸隠村で製麺技術を学んだという。
蕎麦だんごに羊羹、蕎麦茶が付いてざる蕎麦350円也。

チベタン・レストランでトライしたトゥクパ(チベット風うどん)は野菜もいっぱい入って
ボリュームも味もなかなか、モモ(蒸し餃子)は皮が厚くてにんにく少なくボリューム重視派向き。
少し贅沢したネパール伝統料理「タメルハウス」では、ベジのフルコースをオーダー。
舞踊のイベントもあって雰囲気・味ともに予想外の満足度。
インド料理とほぼ同じなのだが、さほどスパイシーではなく繊細な感じ、特に煎り大豆のマリネは絶品。
インド人ではあり得ない笑顔とマナーで地酒を何杯もサービスしてくれた給仕のお陰でサービスも◎。
ガネーシャ神のお守り(紙粘土のお面)ももらって600円也。
という次第で、庶民派食探検はほぼ外れなし、パン類以外はコンチネンタル食せずだった。


納豆付きの朝食セット

ヒンドゥー教シバ寺院・パシュパティナートへ

カトマンドゥの街自体が世界遺産というだけあって、ヒンドゥーや仏教の数々の寺院は
この街を宗教空間と有らしめ、王朝時代のくすんだ赤茶色の宮殿群が悠久の栄枯盛衰を偲ばせる。
短時間で鑑賞できる数ではないからまずは3ヶ所のみ。
京都観光で清水寺と平安神宮と御所を見学するがごとしだが、観光ツアーとはまぁーこんなものだろう。
まずヒンドゥー教シバ寺院・パシュパティナートへ、寺院へはヒンドゥー教徒以外は入れないのだが、
境内(?)を見学するだけでforeigner price 250Rs.を請求される。
ガンジスの支流・バクマティ川沿いにある火葬場の方へ歩き出すと、
学生らしき英語ガイドがくっついてきて説明しだした。
この手の強引さは苦手なのだが、説明付きもいいかと料金を確かめもせず、話すに任せた。
彼の説明では
・7つある火葬台のうち上流側二つは王族用と上流階級用、
 残り五つが庶民用でうち一つは意外や仏教徒用という。
・一体を焼くのに300kgのサンダルウッドの木と10kgのオイルが用意され、
 死者の長男は遺体に稲穂を置いて儀式を仕切る。
 眼から火をつけるのは魂が現世に戻らないためとか。
・長男は頭を剃ってプジャを捧げる。残った灰は前の川に流す。儀式の費用しめて1200Rs.
・一日最低45遺体は焼く。
あとで調べると、一日中立ち上る煙と異臭・川の汚染問題、大量消費する木の資源問題により、
環境保護団体と宗教関係者との間でこの場所での儀式継続の適否が論争されているようだ。
時代の流れに逆らっても、この儀式は“象徴”として残るのだろうか。


パシュパテイナート寺院裏のガート(火葬場) 右手下に焼かれる前の遺体

シヴァ信仰の象徴であるリンガを祀る塔が並ぶ辺りを歩いていると、
石段に座る数人のサドゥ(ヒンドゥーの出家修行者)と出逢う。
伸ばし放題の髪・灰を塗りたくった奇怪な風貌・バクシーン(施し)・大麻‥‥
ヒンドゥー社会にごまんと居るサドゥにまつわるイメージは
概してよろしくないが、目の前のサドゥも然りであった。
失礼ながら霊験あらたかなオーラは伝わらないし、どう見ても怠惰な物乞い知恵者。
カメラを向けると案の定手を差し出した。
ガイドは200Rs.位と言うが、呆れて100Rs.だけ渡す。
修行者を盾にしている分、beggarよりたちが悪いではないか。
本物のサドゥに出逢えば、私の勝手な決めつけを詫びたいのだが。

寺院の敷地内に、マザー・テレサが創設した老人ホームがあった。
重症患者の施設ではなく、身寄りがない老人・貧しい身障者・家族から
厄介者扱いされた老人らがこのホームでボランティアの介護を受けながら
のどかに暮らし死を待つという、ネパールではまだ数少ない施設である。
日向ぼっこをしているお年寄りの顔は、
深い皺に穏やかな安らぎの気が満ちているふうである。
この心地よさを享受できるのは、ほんの一握りなのであろう。
地域の社会福祉局によって運営され、資金の大半は寄付によるとか。
MCのシスターの姿は見かけなかったが、
そういえばマザー・テレサの後継者であるSr.ニルマラもネパール出身だ。
“貴女に任せる”と言われたガイド料を100Rs.払い、不満げな彼に向って“ありがとう!”


サドゥ

チベット仏教の聖地へ

麻美さんがこれで3回目だというチベット仏教徒の巡礼地・ボダナートへ。
まじかに見るストゥーパ(仏塔)は想像以上に巨大だった。
4層の台座の上に、直径27mのお椀を伏せたようなドームと尖塔からなるストゥーパは高さ36m、
尖塔から幾筋にもなびく小旗(タルチョー)には真言が書かれていると。
ドームの上には四方の森羅万象を見る仏陀の目。
台座の周りを巡礼者たちとツーリストが右回りにひたすら回り続ける。
台座の上では、インドのブッダガヤでも見た五体投地で“罪を懺悔し赦しを求めて”祈る姿。
周囲にぐるりと土産物屋と仏具の店、外国人向けにチベット仏教の絵画・タンカのスクールもある。
辺り一帯に亡命チベット人が住み、チベット工芸品が集まり、
幾つもの僧院が建ち、一大チベット文化村を築いているのだ。
大きさゆえに聖地の霊的エネルギーが満ちているとは思えないが、
敬虔な祈りの姿にうたれ、人の波のざわめきに反して私は言葉を失いがちだった。
内省する祈りを忘れがちな自分を思い知ったからかも知れない。

街の中心部にある旧王宮前の広場や、庶民のバザールも少し歩いたが、
この街を味わうほどには至らず。のんびりと、もう一度訪れたい、きっと。


ボダナートの仏塔

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