国と国、人と人、心と心に虹をかける

私のコルカタ暮らしのメインは、マザー・テレサの活動の原点ともいえる
「ニルマル・ヒルダイ」(死を待つ人の家)でのボランティアである。
よほどの用事がない限り絶対に外せない務めである。
一つ事をまともに出来ない限り、全てが中途半端になると思っているから。
そのメインでまだ成長しきれてないのに、
最近少しばかり荷の重い役目で奔走することが多くなっている。
“私事”ではないだけに、この奮闘記では触れずにいたが、
日本の海外援助の一例を皆様にもお考えいただければと、ご紹介することにした。
コルカタ郊外に、貧しい家庭の子供達を引き取って育てている
「レインボーホーム」という施設がある。
日本人の発意により設立し、運営は現地法人がしているが、
資金は日本のNPO会員組織の会費・寄付で賄われている。
数年前から一里親会員であった私が、
諸々の事情で昨年末からこのNPOの理事になった。
現地在住という立場で、日本とインド間の
コミュニケーションのパイプ役をせよ、ということであろう。
午後、週に何回かホームを訪れて、
子供達の様子や現地理事たちとのミーテイング内容を日本の理事に報告する、
日本からの要望を伝える等している。
ホームは00年に設立後まもなく初代理事長が亡くなり、
そのあと就任した理事長の私利私欲がらみの圧政により、
不幸な冬の時代を経た。国の法律や文化・習慣、全てに違いがあるとはいえ、
子供達への暴力やセクハラまがいの行為に、
ただ手をこまねいていた日本側の対応を苛立たしく思ったりもしていた。
しかし、内部告発等でこの暴君が退かざるをえなくなり、
昨年末に若くて意欲的な理事長を迎えると事態は急転直下、
春の陽光が差し始めることとなった。
子供達の自立支援に向けてようやく
日印の歯車を合わせようとしているところである。


Rainbow Home 子供達のある棟

援助することの責任

今、7歳から15歳までの男女25名がホームに暮らしている。
Orphanage(孤児院)とうたいながら訳あって孤児は一人だけ、
他は、父親がアル中とか病死したとか極貧ゆえに親が育てられず引き取った。
幼なくして入った子供達も思春期の難しい年頃になり、
いよいよ男の子と女の子を別棟に収容しなければならない。
法で定められているのだ。
その為の土地は入手済みなのだが、周囲に塀を作ったり、
男子寮建設のために多額を要する。
さらに最も切実な課題は、子供達をやがて自立させるためのプラン作りである。
18歳になってホームを出るとき、何の準備も出来ていなければ、
元の極貧生活に戻るだけ。適性や学力に見合った職業訓練ないし
進学コースのフレームワークを作り、実施して、
自力で生活できるだけの素地を与えてこそ、
ホームの存在価値がある訳である。
住む環境と食べ物を与えていればよし、
ではないところに重い責任と義務がある。
日本側も単に資金を提供するだけでは真の“援助”にならない。
“金”だけ出して国際協力したつもり型のNGO活動や
無責任ODAの例も枚挙にいとまなしのようだが、
レインボーホームで同じことをすれば、
それはかえって罪を犯すことだと私は思っている。
心地よい温室を知らぬまま育ったほうが、
貧しくともそれはそれなりに逞しく
この地で生きるすべを身につけるであろうから。


昨年のクリスマス会で

“金の成る木”や〜い!

英国留学経験もある実業家カンナ氏は、
理事長として子供達の将来に向けたホームのビジョンを熱っぽく語り、
日本理事にもメール発信した。
(日印双方とも理事職はもちろんすべてボランティアである) 彼にすれば、
子供達の幸せの為に総括的な育成プランを誠心誠意推進する覚悟であるが、
これだけの立派な器を作った日本人が、
そのためのアドバイスと資金援助を充分にしてくれて然るべき、
というのが基本スタンス。最もだろう。
やっと未来志向の議論を交わすべきときが来たのだが、難問はお金。
男子寮を作る、勉強のできる子には大学へも、
内部あるいは外部機関で職業訓練を受けさせる、
傷んだ内装・外装をやりかえる、下水道工事が必要‥‥等々、
経費のかかることばかりなのだ。
このところのインフレで食材は10〜20%、
工事資材が40%近く値上がりしていて、ホームの財政を圧迫しつつある。
短期・中期で計画の具体化と優先順位づけをしたとしても、
どこまで資金援助できるかとなると甚だ心細い。
NPO会員を増やすのも容易ではない。
頼みの綱は現地でのドナー探しなのだが、インド人は見込み薄。
構えを立派にしすぎたために、ホームに案内された人は
「これだけの施設を作った日本人ならしっかりサポートできる筈だ」
と言って引いてしまうか、
「金を出すが理事に入れろ」と条件付きになるらしい。
(インド人はお金とStatusに固執する) ならば、コルカタ進出の日本企業、
日本人に援助を仰いではと、今プレゼンの機会づくりを思案中。


昼食時

子供達に夢を、我々も夢を!

我々の四苦八苦をよそに、子供達は屈託なく元気で可愛い。
全員、私立の学校に通い、帰ってからも家庭教師について
復習・宿題の時間割がきっちり組まれており、
以前より相当ハードスケジュールである。
どんな形の自立であれ、ある程度の基礎学力は必須であるとして、
カンナ氏は、子供達の学校を公立から私立に変えた。
公立は授業料がタダでも、先生の質が低い、
英語の授業がないかあってもお粗末、というのが定評だからである。
怠惰であつた以前の家庭教師も入れ替えられ、
二人の先生が3グループの子供達を熱心に指導している。
今までのような遊び放題も我慢して、結構楽しんでいる様子、
学ぶ楽しさを知ってくれればいいのだが。
さらに土日には女の子に裁縫教室も。
大好きなTVや、テレビゲームの時間が削られていくが、
学校のクラスメートに追いつくまでは仕方なしか。
このレインボーホームに今、日本の女子学生が
ボランティアとして滞在してくれている。
ある育英基金の援助でコルカタに一年留学している亮子さんと、
日本人会の会合で出逢った縁に私は大層感謝している。
語学学校で週3回2〜4時間、
英語とベンガリーの授業を受ける以外は自由なので、
何かボランティアをしたいという彼女の意向を聞き、
ぜひともレインボーホームにと誘ったところ、快く引き受けてくれた。
子供達のそばに四六時中いて、日々の生活を見届け、
子供達に関する沢山の気づきをスタッフや私に
フィードバックしてくれることを期待しているのである。
日本の里親会員もこれまで度々ホームを訪問しているから、
子供達は日本からのゲストが大好きで、
亮子さんもすっかり慕われるお姉さんになっている。
炊事係り兼任のマザーはいても、
きめ細かなしつけ教育までは行き届かないので彼女への期待は大きい。
特に、social mannerの植えつけを根気よくして欲しいと願っている。
厚い信仰心とは裏腹に、インド人のsocial mannerの欠如は
“文化の違い”では到底理解しがたい悲惨さなのだ。
“日本式”の押しつけではなく、
「こうしたほうがみんな気持ちいいよね」というレベルの、
ごく基本のマナーを身につけて欲しい。
挨拶ができる、自然にお礼が言える、モノを大切に扱う、
整理・整頓ができる、他人を思い遣れる‥‥日本でも薄れつつあるかも。
良き習慣を身につけた子供達が、自分の夢を自分で紡げる社会人に育てば、
どんなに素晴らしいことだろう。

とまあー、メトロとオートリクシャーで通う往復2時間が、
いずれは心ワクワクになりますよう願いつつ、
そして嬉しい成果をいつか又ご報告できるのを祈りつつ、
Rainbow Home奮闘は続くのであります。


私学Blue Bellの制服を着て

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