笑・プラザ


OKADA'S BACKNUMBER
夏休みの終盤。大阪の親子3人が、いそいそと車に乗り込んだ。
この頃、裏日本や東北地方では、局所集中豪雨に見舞われ、
洪水や浸水のニュースがひっきりなしに流れた。

こんな時に旅行なんて言っても、目的のイプシロンロケットの、
打ち上げの日が決まってるから、こりゃもう、仕方がない。

だが、今回はえらいことになってしまうとは・・・・・・

ともかく神戸港から大分行きのフェリーに乗り込んだ。
船中ではバイキング料理をたらふく食べて、瀬戸内海の景色を眺めてルンルン。
あくる日には無事に大分港港着。

それから内之浦まで陸路を飛ばして、予約しておいたコテージに到着。
一泊すれば発射の当日。幸いに大雨の気配無く、風も穏やか。
これなら打ち上げ成功間違いなしと、展望台に駆けつけてみると、すごい人だかり。
入り切れないので抽選入場となった。

「運の強いのは誰かな、じゃんけんしてみよう」

ママさんが勝った。クジ引いた。・・・はずれた!

「あ〜あ」
「ごめ〜〜ん」
「まあ、いいからいいから」

こんな事もあろうかと、パパさんは、しっかりと地図で調べて、
別の場所も予定していた。

そこは、林道の突き出た所で、
発射台は見えないが、ロケットが発射台を離れれば、
轟音と共にロケットの雄姿がはっきり望める位置だった。
ここは地元の人が多く、大入り満員。

発射は午後なので、昼になると、思い思いに弁当を広げて、
隣り合った人同士は、いたって気さくに話し合う。

大阪から来たと云うと、地元の人は、それはそれはと歓迎ムード。
それもその筈。
内之浦地域は、ロケット観光の収入も大事な財源になっている。

1時を回って、今か今かと緊張する観客に囲まれて、いよいよカウントダウンが始まった。
スピーカーから流れる数に合わせて、みんなが大合唱。

「・・・5、4、3、2、1、ゴー」

爆音が轟き、ロケットが天空に舞い上がる・・・・・・筈だった!!

!? !? ????

山は、あくまでも静かだった。
人々のざわめきも聞こえない。

観客は、一斉にがっかり声や罵り声をあげはじめた。

「しっかりしろよ」
「ただ安くしただけじゃダメじゃないか」
「せっかく、仕事休んで来たのになあ」・・・・・・

スピーカーは淡々と告げた。

「本日の打ち上げは中止します」

ここで口を開いたのは、地元の年寄りだった。

「またやったな。何度も失敗してる。まあ、次に期待しよう」

どこか、思いやりのある口調だった。

大阪の3人組は、ショックが収まると、折角だからと、
九州を南から北に縦断観光しながら帰ることにした、

そりゃあ、まともな天気がどっかに行ってしまって、
悪いことに、台風までこちらに向かってるんだから、一大決心だと云える。

走った!
有名観光地を見て回った。旅館で湯にも浸かった。旨いものも食べた。
だが、二日後に関門海峡を渡って下関に出てみると、道路はジャブジャブ。

「夕方だし、今晩はここで泊まって、台風をやり過ごそう」

一夜明けたら、台風は温帯低気圧になって、日本海の方に抜けている。
それでも、雨神様が未練タラタラ、見境なく雨をぶちまけてるのは、ちと痛い。

「いくぞ、がんばれよ」
「あなた、慎重に慎重に」

それから、ジャーッとフロントガラスに水しぶきがかかるかと思えば、
突然の青空。この繰り返しなので、高速道も、どこまで走れるか不安で一杯。

夫婦交代運転の旅は、休憩しながら、その日の夜に、無事に家に辿り着く事ができた。

死んだように眠って、あくる日の昼過ぎに起き上った三人は、
テレビが、大阪の水害を告げているのを見て、
よくもここまで走り抜いたものだと、顔を見合わせた。
ともかく、九州の写真は200枚も撮った。
人に語りたい事は山程ある。

それは、観光パンフに載っているような甘い話ではなく、
災害に打ちひしがれた哀しい姿や、
逆に、生きるために、災害に立ち向かう人々の健気な姿についてだった。

ロケットの打ち上げ失敗に始まって、大災害に遭った人々の姿から、
3人は、決して諦めない人間の強さを知った。
ひろパパ、きょんママ、かんボク ばんざい。

(因みに、イプシロンロケットは、翌月の9月に打ち上げ成功した。)



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