笑・プラザ ぜいたく


OKADA'S BACKNUMBER
アラシ君のお父さんは、すっごい頑張り屋さん。
結婚した時は、従業員10人の鞄製造会社の工場長だった。
家族主義が身上で、これまで何度も荒波を乗り越えて来たのに、
ここに来て、海外の安い鞄に市場を奪われ、
おととし、遂に廃業に追い込まれてしまった。

年老いた創業者社長から、それを聞かされたときは、
臨月の大きなお腹を抱えた妻の姿が頭いっぱいに広がって、
まったく言葉が出なかった。
こんなショックを妻に与えたら、お腹の子にだって、きっといいこと無かろう。

まもなく、僅かばかりの退職金が全員に渡され、
ささやかな送別会を工場の片隅で行なった時には、
すすり泣きの声で、全員がもうどうにもならないと実感した。

重い足取りで家に帰ると、意外にも、奥さんが明るい笑顔で出迎えてくれ、
「本当にご苦労様でした。長い間ありがとうございました」と言われると、
急に突き上げるものがあって、声をあげて号泣してしまった。

男が職を失い、差し当たりの生きる目標を失って、家族に迷惑をかけると思う時が、
こんなにもみじめなものかと叩きのめされた気持ちだった。

だが、奥さんは偉かった。
夫のそんな気持ちを察して、心から明るい笑顔を浮かべて、
くよくよするそぶりなど見せなかった。

「あなた。なに泣いてんの。そうか、目の掃除してんのね。これで拭いたらエエよ」

・・・・・・

失業保険をもらいに行ったり、指定された会社に面談に行ったりの、
今までとは違った忙しさの中でアラシ君が生まれた。

普通なら、もっと穏やかな名前にするだろうが、
お父さんには、心に決するところがあって、敢えてアラシという名をつけた。
自分も子供も、このアラシのような逆境を忘れずに頑張ろうと強く思ったから。

お父さんは、町の総菜屋さんに無給で弟子入りした。
今までと全く違う世界だったけれど、今までに、工場従業員が、
忙しい時には、総菜屋さんのもので済ませているのを見ていたから、
きっとこれからも手堅い商売になると踏んでのこと。

失業保険が切れる頃、お父さんは、自宅を改造して小さな総菜屋さんを開いた。
最初は、奉公した店の物を売らせてもらっていたが、すぐに、欠点に気がついた。
それは、保存が利かないことで、年寄りや一人住まいの人が結構多いので量を減らすと、
価格に占める容器のコストが高くついて、利益が殆ど出ないこと。
これは、高齢化や単身化の時代にあって、解決しなければならない重要問題。

あちこち訪ね歩き、試行錯誤した結果、災害時にも役立つような保存食に一気に飛躍した。
最低3日はこれで賄えるようなおいしいご飯の保存食や、水が無くてもおいしく飲めて、
サプリメントもしっかり入った飲み物がヒット商品になった。
ヒットの理由は、ご飯には、「頑張ろう!くじけ米」と名前をつけ、
飲み物には「頑張らなくっ茶」を商品名にしたことも効いてるような気がする。

この過程では、お父さんが元の鞄会社で作った、特大の頑丈な鞄が大活躍した。
これで仕入れをし、商品も届けた。傷だらけでも、色あせても、まだ10年はもつだろう。
苦労を共にした大切な鞄。

・・・・・

アラシ君が幼稚園に入る時、お父さんは、肩掛けの大きめの鞄を作ってあげた。
アラシ君が背負うと、まるで鞄が歩いているように見える。
みんなは可愛いと言ってくれるけど、やっぱり事故が怖いから、
もう少し大きくなるまで、壁に掛けておくことにした。

それを見ながら、お父さんはアラシ君に、何度も何度も言い聞かせている。

「アラシよ、この鞄に、いっぱい夢を詰め込むんだぞ。大きな夢をな。
大人になったら詰め込んだ夢を、ひとつづつモノにして行ったらいいんだ。
どんなに辛い時があっても、夢だけは忘れるなよ」


もちろん、アラシ君にはその深い意味は分かりません。
でも、お父さんの大きな鞄は、きっと自分を守ってくれるだろうって気がしていました。
今は、野球道具が入っているけど。



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