笑プラザ


「この歌、わたしの命みたいなものなんです。
 この歌のおかげで、やっと5年を生き延びることが出来ました」

――ェッ どうしたんですかァ――

「ァ、ごめんなさい。いきなりこんな話では、おわかりにならないでしょうねーー。
 実は、わたし、5年前に大きな乳ガンが見つかって手術したんです。
 奥のほうで、2センチもあったんで、かなり難しい状況でした。
 そのときの先生の気遣ったような声が、今でも頭にこびりついています。
 ・・・かなり進んでしまってますが、転移してなければ大丈夫です・・・」

――まあ、怖いですねェ――

「もし、転移してたら最悪の結果になるという意味じゃないでしょう――。
 その一言で、急に頭がばらばらになったような感じに襲われて、
 何かしら、ごちゃごちゃと映像が駆け巡るんです。
 夫とのデートに胸が高鳴って、すべてがバラ色に輝いて見えた日のことや、
 家族旅行で出会った素晴らしい海辺の夕景色。
 子供達のあどけない笑顔とスキップダンス。
 こんなことが取り留めなく脳裏を過ぎりました。
 気がついたら、先生の前でハラハラと涙を流して、
 ただ、わけもなく両手を握りしめていました」

――凍りつく皆さん――

「手術は長い時間かかって、疑わしい所は丁寧に取り除いて頂いたんですが、
 そのあと、左手で物を持ち上げられるようになるのに、1年以上かかりました。
 今でも少し不自由していますけど。
 そして、リハビリ体操を毎日やっていないと、
 だんだん、左側に体が傾いてしまうとかで、毎日、熱心に自分で励んでいるんです。
 夫は、つとめて平静を装って、いつも明るく冗談なんか言ってますけど、
 内心ではずいぶんと心配してるんでしょうね――」

――「ご主人も大変ですね」――

「ホントに怖いのは、転移や再発ですからね。
 とにかく5年を無事に過ごせれば大丈夫ということで、
 5年というのがわたしの頭にこびりついてしまったんです。
 すごく神経質になりましたから、毎日、毎日、ちょっとした発熱や、
 だるさを感じたりしたら、いよいよかなって心配したり――。
 夜になると、なんとか明日まで生きられますようにって、
 何度も何度も呟いてから床に入り、
 朝になったら、今日も一日生き延びたいって思う毎日で、
 早く5年が過ぎますようにって祈ってました。
 こんな毎日ですから、誕生日はホントに嬉しくて、
 アア、これで1年過ごせたって感謝しました。
 でも、ローソクは嫌いです。
 これを吹き消したら、なんか、自分の命の炎を消してしまうようで、
 縁起が悪いでしょう?
 傍から見れば、なんとまあ、自分の事しか考えない、
 気の小さい人だと思われたでしょうね。
 でも、わたしは、上の子が一人前になるまでは、絶対に死にたくなかったんです!」

――かすかな風のそよぎ――

「こんな毎日の中で出会ったのが、この「わたしの孤独」というシャンソンでした。
 歌詞の中にある(孤独と二人だから、もう淋しくなんかない)という言い方が、
 凄く強く伝わってきたんです。もちろん夫も子供もいるんですから、
 わたしが孤独だなんて、ちょっとおかしいですよね。
 でも、夫や子供は、みんな元気なんです。
 わたしと違う世界に生きているんです。
 同病の方の中には、もう、わたしは覚悟決めたから、
 後は御願いよって開き直っておられる方もいますけど、
 やはり、ご年配の方は割り切ることが出来ても、
 わたしにはそんな強い心はありませんし、
 そう考えると、家族との距離がますます遠のいて、とっても淋しいんです。
 だから、わたしの深い恐怖感は、家族でも宗教でも、
 癒されることがなかったんです。
 そんなこんなで、わたしの心を本当に知ってくれるのは、
 わたしの孤独そのものだって気がついたんです。
 わたしの孤独がそっと見守っているという不思議な感触です。
 そう気がついたら、もう一人で苦しまなくてもいいのかなって、
 なぜかフッと気が軽くなりました。
 
 アハハハ。ひょっとすると、これは、心の病気かもしれませんよね。
 でも、何でもいいんです。理屈じゃないんです。
 この歌を聴いて歌っているうちに5年が経ったんです。
 再発しなかったんです!
 生き抜いたんです!
 夫や子供達と同じ世界に戻れたんです!
 上の子も社会人の門をくぐったんです!」

――感動の涙、涙、涙――

大きな、強い強い拍手が、長く長く続きました。



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