笑プラザ


〈1〉
Aさんは長年の夢がかなってイタリー料理店を開いた。
借金1千万円。奥さんだって猫のミケだって、
みんな目が吊り上がって、しゃかりきに働いている。

冬の寒い朝、凍てつく道をAさんは仕入れに出かけた。
食材が一杯詰まった大型リュックを背負い、アイスボックスを引っ張って車に急いだ。
急ぎすぎた。道路の縁石に足を掬われた。
両手が地面につく前に顔面が擦り、切れた。

しまった、こんな時に。くそッ! 誰が料理を作るんだ!
10分ほど手拭で顔を抑えていると、どうやら血が止まったらしい。
ひりひりするし、おでこにこぶも出来てるが、このぐらいで医者に行くわけにはいかん。

そのまま、ATMボックスに直行。あいにく数人が行列している。
周りの人が痛ましそうに、気持ち悪そうにちらちら眺めるが、
こちらは鏡を観ていないから、たいしたことじゃないと思っている。

前に並んだお母さんの小さな子が、いつまでも不思議そうに眺めていたが、
お母さんの手を引っ張ると、ピーポ、ピーポと言い出した。
全員がくすくす笑い出して、不思議な連携感のようなものが生まれた。

ここでAさん、やったねえ。
「すみません。こんな顔をお見せして申し訳ありません。
私、この近くでイタリー料理やってるんですが、今日は慌てて失敗しました。
でも、料理は絶対失敗しませんし、おいしいですから、
よかったら是非一度お越しください。真っ赤な旗が目印です。」


〈2〉
ピーポー、ピーポー、〜〜〜〜〜
今日はこれで5回目、もう夜中の1時。
救急車に飛び乗って、Bさんは車庫の大きな時計と腕時計に目をやった。
これは、救命が始まるまでの時間を見るためのもので、命を刻む時計。

Bさんは、親父が外科病院を経営しているので、いずれその跡を継ごうと思っているが、
それまでの何年かは現場の経験を積もうと思って、東京消防庁の救急救命士になった。
連日、体はくたくたで、やっぱり若い時でなければ勤まらない。

着いた、飛び込んだ。若い父親が蒼白な顔で息も絶え絶えに横たわっていた。
自分とあまり変わらない歳に見える。

てきぱき、パッパと手順を踏んで救命作業が済むと、
乗り込んだ奥さんが、必死に耳元で叫んでいる。

「あなた!死なないで!死なないで! やることがいっぱいあるのよ。
 みんなで助かるように頑張ってくれているのよ!がんばってよ!―――」

病院に到着するまで、呼びかけは続いた。
ああ、言葉は命を持っているんだ。自分はやるべきことはやった。
だが、奥さんの呼びかけのほうがずっと強力な救命効果を発揮するだろう。
旦那さんは大丈夫だろう。

人は、自分の意志で生まれることは出来ないが、
生きるには自分の意志が強く反映されるのは本当だ。。。

救急現場で出会った人々から、自分の外科医の基本方針を教えて頂いた気がする。
人は心で生きるんだ。それを確かなものにするには、
自分も心のこもった対応をして、希望や勇気を失わないようにする必要があるんだ。
それから、人間には、故障箇所を直す自己の回復能力がある。
これを手伝うのが医療行為。全力を挙げる。




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