笑プラザ


・・・ぼくのうちはお寺です。お父さんは黒い着物で、あちらこちらに出かけています。
いつも、「この寺は150年も続いた立派な寺だから、みんなもしっかりしなければいかん」
と言っています。

ぼくにはその意味がよくわかりませんが、月に1回の寺の役員会では、
古い瓦をふきかえなきゃいかんとか、五重の塔がはげてきたから、
ぬりかえなきゃいかんという話をきくたびに、やっぱり古い寺は大変だから、
しっかりしなければならないんだろうと考えています。

きのう、お父さんに呼ばれて、本堂のあみださんの前にすわらされました。
なんとなくおごそかな感じでしたが、見ると、
まっしろいお皿にきれいなぎんなんがいくつか乗っていました。

お父さんとあみださんを拝んだあとで、少しあらたまった声でお父さんが話しはじめました。
「いいか、大耀、しっかり聞きなさいよ。これは、ことし初めてとれたぎんなんだ。
 あの大いちょうはすごく古い木だが、根をしっかりはって、毎年たくさんの実を恵んでくれる。
 落ち葉なんか、まるで金色のじゅうたんのように見えるだろう。
 あの場所からどこにも行かずに、暑くても寒くても、あらしで枝が折れてもじーっとたえて、
 すごく大きくなってる。
 そこで大耀に言いたい事は、今は小学5年生だから世の中の事はわからないだろうが、
 これからおとなになったら、いろいろつらいことや困ったことがどんどん出てきた時ときには、
 あのおおいちょうを思いだして、足元をしっかり見つめながら、ふらふらしないで、
 生きていってほしいということ。
 あみださまは、いっしょうけんめいにやってる人に、
 いつもすくいの手をさしのべてくださっていることを忘れないでいてほしいということ。
 すこしむずかしかったかな。でもね、あとでお母さんにこのぎんなんを焼いてもらって、
 すきとおるみどり色のぎんなんを食べれば、大人になって、苦しいときに、
 ぎんなんや、あの大いちょうを思いだしてがんばれば、なんとかなると信じているよ。
 ぼくは、なんとなく、お皿のぎんなんがとくべつのもののように思えてきて、
 ジーっと見つめていました。・・・


私がこんな意味の作文を書いて、先生や友達に、すこしだけ感心してもらった昔から、
もう50年も経ちました。

寺は兄が継いで、大銀杏は2代目になりました。私は小さな会社の社長になりましたが、
一介のサラリーマンから今日に至るには、辛いことがいっぱいありました。
不思議なことに、そんな時、きまって父親の話と大銀杏の木が思い出されるのでした。

そして、会社はぎんなんのお菓子を作ったり、銀杏の健康食品を作ったりして、
少しづつ生長し、300人の仲間が働くようになっています。

この歳になってつくづく思うのは、長生きする木や大きくなる木には、
とにかく凄い生命力があるということです。このナゾを解明すれば、自然に自生する巨木から、
人間にも効果のある何かが発見できるのではないでしょうか。

今の仕事にも大きな未来があるとわくわくする毎日です。

300人の仲間! もっと沢山の仲間と働けるように、活き活きと頑張りましょう。




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