笑プラザ


アレッ! 音がおかしい! アッ! 止まった!
発表会場は総立ちの大混乱。
舞台で「歌に生き、恋に生き」を歌っていたソプラノの女性も、
驚いてピアノの方に振り返ると、今まで軽快に伴奏をしてくれていた院長が、
ガバッと鍵盤に崩れ臥していた。

けたたましい救急車のサイレンがして、全員が見守る中で院長が担架で運び出されると、
異様な緊張感の中で、即刻、発表会は中止となった。

とにかく、このクロスオーバー音楽院は、院長のドイツ留学経験を金看板にしてやってきたから、
もし、院長が復帰できないことにでもなったらお先真っ暗。
・・・・そして・・・・そうなった・・・・。心筋梗塞だった・・・・。

それから10日がアッという間に過ぎたら、すでに何人かの生徒が退会届を出してきた。
講師陣にも退職意向を伝えてくる人が出てきた。
院長は、顔が広いので、海外留学や大きな舞台の経験を積んだ講師を揃えていたから、
この業界では、何かあれば、じわりと引き抜きも行なわれる。
講師と一緒に何人かの生徒もついてゆくこともあるから、なおさら、この動きには拍車がかかる。
とにかく、今後のことを大至急決めなければならない。

この急場ではあれこれ考える余裕なぞある筈もなく、事務局長にすべての跡始末と、
今後が託されることになった。事務局長のスタッフはゼロ。
これが発表されると、20人いた講師が一人を除いて全員辞職してしまった。
これもしかたないこと。みんな院長が集めてきた人達だから。

残された一人の講師は、女性でありながら侠気もあるソプラノ講師で、
立派な経歴がありながら、{歌は心}の哲学に徹して、
初心者にも親切に辛抱強く教えるので、その指導力は高く評価されていた。
何人かの生徒は、この先生の下で今まで通りにレッスンを受けたいと訴えられると、
事務局長は、成り行きで学校を潰してしまうのも残念に思えてきた。

ともかく、彼女と徹夜で今後のプランを練り上げた。
その結果、クロスオーバーを廃校して、RIGO(五線譜の線を意味するイタリー語)音楽教室として
彼女を代表者にして出発することにした。
まずもって、今後の生徒に見当をつけると、中高年の人々が急激に増えそうだという理由で、
ソフトとハードのすべてにバリアフリーを心がけることや、
伴奏のピアニストには、心の優しい人物を選んだ。あとは業界並みの条件とした。

遮二無二、時間と戦って、新発足の披露パーティをすることになった。

すると、驚いたことに、生徒の口コミで、合唱用の大きな教室がいっぱいになるほど沢山の人が来てくれた。
新しい音楽教室に、何かの期待を持って様子見に来た人も多かったのだろう。

パーティは硬すぎず、柔らか過ぎずの雰囲気で和やかに進んだが、
代表者の彼女が、皆さんへのプレゼントとして
「乾杯の歌」(ヴェルディ作曲の歌劇{椿姫}の中の劇中歌)を歌うことになった。
すると・・・・これも驚き!、参加者の中の二人の男女が、
デュエットと合唱を引き受けてくれた。暗符でバッチリ。

パーティは一気に盛り上がった。
それなりに心得のある人達だから、雰囲気につられ、アルコールも少し効いて、
恥知らずに「オー・ソレ・ミオ」(イタリアのカンツオーネ)やら童謡などを歌う人も出た。

楽譜の準備も伴奏の準備も無いアカペラでは、全部、途中でストップして、
そのたびに爆笑と拍手が起こる。この拍手は温かい。

とにかく、パーティは大成功に終わった。
・・・・宴の後には期待と共に言い知れぬ侘びしさもある。
だが、歌で心が癒され、仲間意識も生まれ、なんとなく幸せなものが残った。
これでいいのだろう。




▲このページのTOPへ