笑プラザ


_〜melancolia que yo te vengo a dar〜_

ジュンチャンは、気が滅入って何も手につかなくなると、
きまって、この大らかで伸びやかな曲を聴きます。
ジュンチャンのうつ状態は、ここ3ヶ月も続いてますが、周りは、医者の薦めもあって、
刺激しないように穏やかに過ごせるように気をつかっています。
こんなジュンチャンは、偶然にこの曲に出会ってスペインの美しい都を想像しながら、
いつも自分を頼りにしてくれる愛犬のコロの背中を撫でていると、とにかく安心できるのです。

ジュンチャンのうつには、はっきりした原因があります。

ジュンチャンは、大きな病院の理事長の一人息子で、すごく大切に育てられ、幼いときから、
将来は立派な医者になれば、お金も名声も欲しいままで、とても幸せになれるからって教えられてきました。

だから、小学生のときから、進学準備に集中して、遊ぶ時間などまったく無いまま、大学受験に臨んだのでした。

でも、目標の一流大学には入れませんでした。
すべり止めに受験しておいた国立大学には合格しましたが、医学部としてみれば、
やっぱり格落ちの感があって、卒業生が勤務する医療機関は、そこそこのレベルでしかないことがわかりました。

これでは、いつも言い聞かされたような、有名になったり幸せな暮らしをおくることは難しいと自覚したとき、心が打ちのめされました。
かといって、もう一度受験し直すには、自分の実力が足りないと分かっているので、どうしようもない敗北感に襲われたのです。

授業にはとにかく出ていますが、いろいろ学ぶことが多いのに、気力が追いつきません。成績は落ちる一方。

もう、どうでもいいや。
ある晩、家中が寝静まったころ、ジュンチャンはそーっと外に出ました。コロが心配そうについてきます。
どこに行く宛てもなく、いつの間にか近くの公園に来ていました。

薄暗い照明の公園は、見慣れた昼間の景色とはまるで違っています。
これまでいつも座っていたベンチには、ホームレスの人が、汚れた毛布に包まって、窮屈そうに寝転がっています。
空には、煌々とした寒月が灯り、ジュンチャンにも、激しい寒気が襲ってきます。

ジュンチャンは、ぼやーっと、そのヒゲぼうぼうの男を見下ろしていました。

すると、気配を察したのか、男が寝返りを打つと、薄目を開けました。
しばらくこちらの様子を探っているようでしたが、ぼそぼそと声をかけてきました。

「お若いの、あんたも失業したんか。寝るとこないんか」

「あ、いえ、失礼しました」

慌てて立ち去ろうとすると、声が追いかけてきました。

「逃げんでもええ。どうやらあんたも死にたいらしいな」

こんな風にズバッと切り込まれると、ジュンチャンは、ぎょっとして男の方に振り向いたまま動けなくなりました。

「あのな、あそこにトイレがあるだろが、夜中にそこで薬飲んで人生卒後した奴を何人か見とる。
 みんな生きる希望なくして、早いとこ、極楽浄土へ行こうってんだろうな。
 出発するにゃ、ちょっと臭いけどな」


「いえ、あの」

「まあ、いいがな。実は、わしも薬飲んで一回しくじった。
 気がついたらな、大きな野犬がわしの顔を嘗め回しとる。
 食われるんかと思ったがそうでもなさそうで、それ以来、わしのこんな暮らしに付き合ってくれとる。
 今は、どっかで残飯でもあさってるんだろうが」


「え、ああそうですか。でも、毎日大変そうですね」

ジュンチャンは、今まで、こんな風に、気取らない話を聞かされることはありませんでした。
聞かされたのは、いつも、立派な大人の出来上がり見本ばかり。
だから、それに手が届かないと分かったときの、迷い、悩みはどうしようもないほど深いのです。

「大変なことなどなーんにもないさ。神さんが決めてくれてるんだろうよ。
 今は、こんな生活しろってな、そのうち、なんかのキッカケで、別の人生送るかもしれん」


わずかなやり取りのうちに、ジュンチャンは、だんだん、自分の小さな心に気がついてきました。
親の一方的な期待に何とか応えようとして来たのは、やっぱり、おかしかったのか、
ひょっとすると、今の生き方や悩みをしっかり受け止めろと神さんが大きな手で誘ってくれたのかもしれん。
なのに、目先のことで自分はもがいてる。

「おじさん、ありがとうございました。家に戻ります」

「なんや、これまで礼を言われたなんてめったにないな。
 とにかく、そのワンちゃんにも相談しながらやっていったらいいかもな」


ジュンチャンの心は晴れました。コロも元気よく飛びついてきました。
GRANADAの空は、今、晴れ渡ってるんだろう。




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