笑プラザ


「ロンリーさん、もっと聞かせてくださいな。なんだか面白そう」

「そうよ、そうよ。ロンリーさんは八十になって
 こんなフラ始めるなんてェ!男の鑑よね。アッハッハッハッハ」


「ワッハッハッハ。」

〜〜〜 ワーワーキャーキャー 〜〜〜

いかにも華やいで派手なフラの衣装を纏った、昔娘や元美人が喧しい。

「オイオイ、少し落ち着いてくれよ。
 女房に夜逃げされたなんて口滑らせたら、えらく盛り上がってしまって・・」


〜〜〜 ワーワーキャーキャー 〜〜〜

「わかった、わかった。そんなら、ケーキでも食べながら聞いてくれるか。
 ――あのな、順番に話せばなーー。わしは台湾生まれだ。
 −−家が貧乏でな、小さい時から食うためには何でもやらされた。
 そりゃあ辛かったなあ。もう、思い出したくないな。
 でもな、そのおかげで精神的にも鍛えられた。
 おまけに、体は頑丈だったし、雑役の仕事は、料理場だろうが、
 トイレ掃除だろうが、人夫仕事だって何でもやった。
 服が破れたら自分で裁縫したし、おかげで、生きる力は抜群かもな」


「やっぱりねえ。すごく器用な方だと思ってました」

「いや、有難う。でもなあ、今にして思えば、
 ひとつだけ充分にやれないことがあった。
 ――待て、待て、そんなに急かすなよ。それはな、奥さん孝行さ」


「おやー? 男の鑑も、どっかで曇ってるってわけですか?」

「あのなあ、とにかく、満足に旅行に連れ出したこともないし、
 いつからそうなったか知らんが、回数が減ってしまってなあ」


「エッ! アリャー! ウッヒッヒッヒ。そりゃ困るわねえ」

「そりゃな、子供の頃から、毎日、目いっぱい働かなきゃならんので、
 体がくたくた。女房は慎ましいから、ムリには求めなかったし、
 こんなもんだと思っていたんだな」


「奥さんが可愛そうだわ。それじゃ、曇った鏡から、
 ただの溜り水ってとこよねえ」


「いやあ、面目ない。ただ、財産だけは少し出来たから、
 これでいいだろうって勝手に考えていたこともあるな」


「ぜんぜんダメねえ。溜り水からヘドロに
 成り下がってしまったってとこよねえ」


「なんと思われても仕方がないさ。――それで、結論急ぐとな、
 会社が定年になって、慰労会やら、激励会やらで何軒もハシゴして、
 明け方近くに帰ってみたらな、いやに家が森閑としてる。
 おかしいなあって、電気も点いてないリビングに入ったら、
 テーブルの上に、きっちりと書類が置いてあったんだ。。
 見たらな、こんなことが書いてあった」


――― シーン ―――

「長い間ご苦労様でした。これであなたも自由の身になられたので、
 わたしも自由の身になりたいと思います。いろいろと有難うございました。
 これからの事は弁護士さんにお任せしてありますので、
 よろしく御願いしますってな。

 そりゃもう、びっくりして酔いもいっぺんに覚めてしまった。
 慌てて寝室やらあちこち探したんだが、女房の持ち物は綺麗に無くなってて、
 ベッドの枕の上には結婚指輪がチョコンと置いてあったのさ。
 後でわかったんだが、アルバムからは、
 想い出になるような写真がすっかり抜き取られていたのには、
 あらためて女房の苦しみや悩みの強さが伝わってきたねえ。
 きっと、前々から思いつめて準備してたんだろうなあ。
 それらしい気配も無いではなかったんだが、
 自分はいつでもマイペースなんで、深く考えることもしなかったーー。」


「奥さんも、耐えに耐えてたんでしょうねえ」

「今となっては、台湾にだって相談できる親戚もないし、子供もいないし、
 自分もどっかへ消えてしまいたいぐらいに思ったなあ。
 とにかく、何日かは、ボンヤリして、電話に出ても、
 女房からじゃないと分かると、そのまま切ってしまうぐらい落ち込んだ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「そのうち、おかしいと思ったらしくて、民生委員がわざわざ様子見に来たりして、
 とにかく、自殺だけはしないようにって、かまってくれたんだなあ。
 そんなこんなで、途中省略すると、なんとまあ、このカルチャーセンターの
 フラコースにお世話になってたってわけさ。
 ここのオーナーは同郷の台湾の鄭さんだからさーー。
 でもな、フラにいわば無理やり入れられたってわけではないんだ」


「へえ、どうしてでしょうね」

〜〜〜 ザワザワザワ 〜〜〜

「ウーン、ちょっと云い難いがねえーー。あのなあーー。
 女房のたった一つの趣味がフラだったんだ。百貨店のクラブでね。
 もちろん、そのぐらいは知っていたがね。これまで全然気にとめてなかった。
 だがね、だがね。だからね、わかるだろ?」


「えっ、何が分かるっていうんですか? さっぱり通じませんよ」

「云いにくいなあ。あのね、このグループも年に何回かは
 公会堂の発表会に出てるだろうが。だからさ、わしも参加してみたら、
 どっかで元の女房が見てくれるかもしれないって、
 ひそかに期待しているってわけ」


――― シーン  ジーン ―――

「だから、わしも、美人ぞろいの皆さんの雰囲気壊さんように、
 隅っこでやらせてもらいますから、どうぞよろしく御願いします」


「どうも失礼しました。そんな深い考えで始められたなんて、
 思ってもみませんでした。
 どうぞ、どうぞ、これからは真ん中で踊ってくださいな。ねえ、先生」


――― 先生、ニコニコ ―――

<ああ、ついつい、元女房の話をしてしまうのは、
 やっぱり女房に頼りきって、愛していたんだなあ。
 どっかで仕合わせになっていて欲しい。
 考えてみりゃ、あれから20年も経ってる。
 わしも、女房に会いたい一心で長生きし過ぎたかもしれん。
 だから、フラで踊ってる途中で、心臓麻痺かなんかでパッタリチョンって
 人生降りられたら嬉しいんだが。
 ――でも、これだけはみんなに言うべきことじゃないなーー>





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