笑プラザ


「オイ、今年は変な言葉がはやるなあ」

「なんだい? それって」

「ルーピーさ。北川君がルーピーって云われてるだろう。それだよ。」

「わかった。まあ、出口の分からない人間って意味かな」

「その通りさ。気の毒なことに、いろいろと気を遣いすぎた政治家が茶化されて、
 こんな言われかたされたよな」


「うん、まあ、政治の世界は複雑すぎるし、全員が満足するなんて回答は、まず無いしな」

「それよりな、あのルーピー君が、経済ゼミで、面白いビジネスモデルを発表するそうな。
 まあ、期待は無理として、付き合いに参加してみようか」


「ウン、まあ、仕方なし参加ってことになるけど」

経済学部の教室では、テレビでお馴染みの名物教授の司会で、
数人の研究生の発表会が始まりました。
発表会に参加した学生には、講評と改善案の提出が義務付けられています。

いよいよ、ルーピー君の番が来ました。

「私は、社会的に意義のあるテーマという観点で発表しますので、
 よろしくおねがいします」


<ワリと大きく出てきたな>

「今の日本には、人間関係やいろいろなトラブルが原因で、
 引きこもってしまった成人が何百万人もいます。
 私は、この人たちを自然に勇気付けて、社会活動に引き戻そうと考えました」


<ホウ、立派なことを言うじゃないか>

「きっかけは私自身の体験です。重い病気に罹って長患いしたのが原因で、
 退院後も、すっかり社会の風になじめなくなってしまい、
 もう人生止めようかってまで落ち込んだ時期がありました」


<へえ、そんなことまったく知らなかった>

「そんな私が、いつだったか、住宅街にある小さなレストランに迷いこんだ時の事です。
 隅っこの席で、品数少ないメニューを見ながら、きっと放心してボンヤリしてたんでしょうね。
 それを不思議に思ったらしく、そこの若い娘さんが傍に来て、何にしましょうって尋ねてきたんです。
 ボンヤリした気持ちで、その顔を見上げたとき、私は電気にかかったようなショックを受けたんです。
 それは、なんと表現していいかわかりませんが、
 とにかく、傍に太陽が出たような、明るくて温かみのある笑顔だったんです。
 誤解しないでください。それは、一目惚れしたとか、可愛かったとか云うレベルの話ではないんです。
 そりゃ、顔かたちは、愛嬌はあっても、決して美人の部類に入るようなものじゃありません。
 笑えば、遠慮なく口は大きく開けるし、とにかく気取ったところなんてどこにもありません。
 でも、私を見る目線は、すごく柔らかいのに強いオーラのようなものがあって、
 こちらもついつい引き込まれてしまいました。
 結局、お手軽パスタを注文しましたが、食事中に別に話をしたこともないのに、
 なんか、少し元気が戻って来た気がしたもんです。
 それから何度か店に通っているうちに、この私の落ち込みが少しづつ直ってきて、
 やがて、あの笑顔のおかげだなって確信するようになりました」


<フーン、身近な人間ドラマってとこかな>

「ということで、プレゼンでは、――、引きこもった人々が元気になる、
 こんな笑顔をインターネットを通じて届けたら、
 きっと何パーセントかの人には元気が戻るんじゃないかって思って、こんなサービス業務を提案します」


『具体論をどうぞ』

「まず、素晴らしい笑顔に出会うために、いくつかの女子大に呼びかけて、
 15人ぐらいの笑顔タレントを公募します」


・・・・・プレゼンが続き、笑顔スナップを生撮りするオーディションの方法、
ネット利用のやりかた、課金の方法などなど、学生の狭い社会常識の範囲ながら、
それらしい提案が行なわれました。

『じゃあ、質疑に入ります』

すると、ドッとばかりに手が上がり、このプレゼンは意外にも大きな関心を集めたようです。
“あなたの体験は、とても貴重ですが、個人差があるし、それを一般化するのは無理がありませんか”
“笑顔をどうやって評価するんですか”
“笑顔提供者のプライバシーは守れますか”
“落ち込んだ人が費用を出してまで視ると思えません”
“笑い声は提供しないんですか”
“お笑い番組でも元気になるんじゃないんですか”
“スポンサーを付けるにはどうしますか”
“NPO的な社会奉仕なら分かりますが、普通の事業で収益が見込めますか”
どれもこれも本質を突く質問で難しいものばかりで、ルーピー君は汗をかきながら、
あっちのメモ、こっちの資料をひっくり返して、とにかく答えようと懸命ですが、
だんだんしどろもどろになって来ました。

<だめだなこりゃ。やっぱり彼はルーピー君だよ。出だしは立派でも、中身になるとガタガタだね>

ザワザワザワーーーー
この様子を見ていた教授が助けに入りました。

『北川君、ご苦労でした。質疑はここまでにします。
 ところで、北川君は、何か心の深いところで大きく感ずるところがあって、
 今日のプレゼンをしたんだろうと思う。
 それだけに、個人的な思い込みが強すぎて、
 いろいろ質問されたような事については、少し甘かったようだね。
 指摘された弱点については、諸君も何かの改善案を考えて、レポートを出して欲しい。
 しかしながら、ここで、最も重要な事を付け加えておきたい。
 今日のテーマがそれほどのものかどうかは別として、なにかやろうとする時には、
 人になんと言われようと、これっきゃないって程思い込んだやりかたが必要だってこと。
 結果は経済的には報われなくても、何かの名声や流儀などを残す場合が高いし、
 昔から、貧乏のどん底で後世に残る仕事をした人物は多い。
 普通は、社会人になって、だんだん限界が分かってくると、
 物分りのいい大人になって平凡人間になって行く。
 これはこれでひとつの幸せに違いないが、今言ったような、別の生き方もあるわけだから、
 君達は、自分に適しているのはどっちか、しっかり考えて欲しい。
 では、北川君の今後に期待して、今日の発表会は終わりとします」


この時、ルーピー君は、教授の心遣いにホッとしながら、あの笑顔と心で対話していたのです。

―――あなたの笑顔がボクを立ち直らせたなんて、
やっぱり個人的なケースに過ぎなかったんだろうね。
ほかの人が理解しにくいような事でもビジネスが成り立つなんて、
考えるほうが浅はかだったんだろうね―――


―――つまずくたんびにくよくよ考え込まないほうがいいわ。
あなたに何かしたい気がある限り、死ぬまで何度でも出直せるじゃない。
思い込んだら命がけね。わたしも、いつか大きなレストランをもちたいわ―――





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