笑プラザ


アンコール! アンコール! アンコール!
小さなライブハウスは、今しがた終わった定期演奏会を受けて、アンコールの嵐。
ヴァイオリン、バンドネオン、ピアノの若いトリオが、
頬を高潮させて恭しく頭を下げると、
バンドネオンのりーダーが大きく手を回しました。

「皆様、本日は有難うございました。
 お礼に、皆様よくご存知のラ・クンパルシータをやらせて頂きます。
 打ち合わせなしのぶっつけ本番で、ジャズで演奏してみたいと思います。
 どうなりますか、どうかお楽しみください」


晴れやかな声で告げると、会場は大喜び大拍手。
パーンと、3人同時に息の合った音出しで演奏が始まりました。
膝の上で小気味よく鳴るバンドネオン、
時に高らかに、時に切なく心を描き出すヴァイオリン、
リズムを作り、メロディに複雑な彩を添えるピアノ。
互いに表のパートを交代しながら、楽しく熱狂的に盛り上げて演奏が終わると、
全員が立ち上がって長い大拍手。この1曲だけで大満足という雰囲気です。

その客席の一隅で、最初からずっとビデオカメラで撮り続けていた老夫婦が目につきました。
小柄な背格好で白髪の目立つ姿は、会場にはどこか異質な雰囲気です。

「失礼ですが、どなたかお知り合いの方ですか?」

「ハハハ、ピアノ弾きが息子なんです」

「そうでしたかぁ、とっても柔らくて温かみのある伴奏でしたね」

「ハハハ、そんな風におっしゃって頂くと、とてもうれしいですよ」

息子を褒められて気が楽になったらしく、老夫婦は急に饒舌になりました。

「実はですね、息子は音大に入ったときは、クラシックの声楽専攻だったんです。
 ところが1年も経つと、男子学生の8割が辞めてしまうんだそうせす。
 理由は、卒業してもほとんど収入が無いということらしいです」


「なーるほど、日本ではクラシックで生計を立てるのは、そりゃ大変でしょうねぇ」

「息子も悩みましてねぇ。結局、生きるために方針変更で、
 ピアノの、それも伴奏専門ということにしたんです。
 ピアノだって、一流演奏家にならなければ暮らせないだろうから、
 はっきり云えば、いろいろなレベルの人の必要性の高い世界として、
 伴奏分野を選んだって訳ですよ。ハハハハ、現実主義で夢がどうかっても思いますがねえ。
 まあ、これはこれで、専門的にすごく難しい勉強も必要だったらしく、
 毎日、何時間もピアノを叩いてましたし、有名な先生方のところにも通ってましたけど」


「それでわかりましたよ。ほんとに歌い手の心を広げるような名演奏でしたね」

「いやぁ、それなら嬉しいですね。
 ――でも、これはこれで、私たちは少し不満も持ってたんですよ」


「それはまたーー」

「いえネ、どんな華やかな演奏会でも、伴奏者はちょこっと紹介されるだけでしょう。
 私たちが見てるのは、いつも息子の背中ばっかり。
 少し可哀想にも思えてくるんですよ。
 私たちは、周りの人から絆創膏って言われるぐらい、
 息子べったりで協力してきましたから、
 そんな気にもなるんでしょうけど。ハハハ、恥ずかしい」


「いや、ごもっともです」

「ハハハ、それがですね、最近になって、やっとこんな不満がなくなたんです。
 今日のあなたのように、ちゃんと感じて頂いてる方に出会うたびに、
 息子の背中がだんだん大きく感じられるようになったんですねぇ。
 むしろ、息子がしっかり引き立てるから、
 大成功するんだって思えるようになったんです。
 ハハハ、親ばか絆創膏もいいところです」


「いやぁ、その通りですね。
 それじゃ、そろそろ息子さんには絆創膏は要らなくなりそうですね」


「要らなくなった絆創膏はどっかに捨てられるだけで、
 そんな時期になって来たんでしょうかなあ。嬉しくもあり、淋しくもあるーー」


「まあ、捨てられるというより、
 息子さんの心の中に大事にしまわれるということじゃないんですか」


「これはこれは! ますます勇気づけて頂いて感激です。
 とても良い方にお会いできてありがとうございます。
 また、どこかでお会いしたいですね」


深々と頭を下げる老夫婦の背中は丸く、
さわればとても温かそうで、しぶく銀色に輝いて見えました。



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