「先生、お加減いかがですか。今日は前よりもお顔の色がいいようですね。
 どうぞよろしくお願いします」


控えめな声で中年の女性が入ってきました。
市民病院の病室で、先生と呼ばれた男性はは60代半ばの好々爺。
長い間の糖尿病が悪くなったところに、先月に脳梗塞を起こして緊急入院して以来、
リハビリ生活を続けています。
今は、少し舌がもつれますが、何か気晴らしをしたほうが治療効果が上がるという医師の勧告で、
これまで教室でやってきた短歌の添削を、1日に一人の制限つきで始めています。


「やあ、よく来てくれました。さっそく拝見しましょう」

先生は待ちかねたように手をさし伸ばしました
短歌教室の女性は、筆書きの短冊を取りだしました。
ベッドの小さなテーブルは、水差しや薬箱にタオルやらと、小物でいっぱいですから、
短冊なら扱いやすいだろうという、女性の細やかな気配りが感じられます。
先生は、何句かを読み返していましたが、やがてその中の一句をしげしげと眺めながら、
深い調子でフームと唸りました。そこにはこう書かれていました。


 『 昨日より 今日へ明日へと 輝かん 躍る心で 軽やかに往く 』

ややあって、先生が呟きました。

「あのう、これは、なんかね。わたしのことを慮って、
 そのう、元気づけようと思って作ったの?」


生徒さんは曖昧に首を傾げてニコニコしています。
実は、先生の糖尿病が、かなり重いことも奥さんから聞いて知っていました。
先生も、入院中の定期的な糖尿検査で、データが良くないことは知っている筈です。


「いずれにしても、これは強いメッセージを発しているねえーー。
 あなたは、花鳥風月の、癒し系の歌を得意になさっているとばかり思っていましたから、
 こんなに強い姿勢の句を拝見すると、ちょっとビックリしましたよ」

「あのですね、これは、今までお元気だった先生が突然入院されて、
 教室もお休みになったでしょう。わたしもショックを受けたんです。
 いままで何事も平穏無事で、それが当たり前って思っていましたからーー。
 それで、あらためて、この勉強のことや、自分の健康のことなんか考えだしたんです。
 そしたら、やっぱり、宗教の世界で言うように、大きな存在にすがるのも
 いいことだろうなってーー。
 でも、いつも自分だけが頭にあって、行ない済まして小さくまとまってしまっては
 淋しいでしょう。だから、少々の不都合や、体の不調なんか乗り越えて、
 せめて自分の心だけは強く持って生きてゆきたいと思ったんですよ。
 そしたら、意外とスラスラと出来たんです。少し、大げさ過ぎますでしょうか」


「いや、そうでしたか、しかし、なんか共感するものがありますね。
 わたしの今は収容生活でしょう。運動不足で便秘になりがちで、
 これだけでもすごく苦しいんですよ。ハッハッハッハ。
 どうしても、毎日、検査結果が気になるんですけど、一生付き合わなけりゃならん病気から
 逃れる術なんかありませんからねえ。
 こんなことばかり気にして、一喜一憂しても始まりませんからねえ。
 この句のように、どんな小さなことでも、昨日より今日へ明日へと
 前進するものを見つければ、なんか勇気が出ますよね。
 逆に悪くなっていくものがあったって、それは神様の仕業ですから、
 どうぞ、ご勝手にって割り切ってしまいたいですね」


「そうですよね、なんか先生までそんなにお考えなら、自分ひとりで気張っているより、
 ずっと、ほのぼのとした安心感に包まれる気がします」


「そこでね、これからの私は、短歌の道で、
 私の知識や経験を喜んでくださる方々がおられるなら、ご一緒に、
 命の大切さをテーマにした句集を発刊してみたいなって考えていたところです」


「まあー、それをお聞きして、すっごく安心しました。
 世間には、左手だけのピアニストがいたり、筋萎縮の病気の方が、
 立派な絵を描いたりしておられるのをみると、ほんとに勇気づけられますね。
 私たちは、短歌の世界で、言葉の持つ力で
 人々の勇気を奮い起こせるようなことができれば、やりがいがありますね」

「これは、これは。私の言うべきことを、今日はすっかり教えていただいたようですね。
 ありがとうございました。アッハハハハ」


「アッハハハ」

柔らかくチャイムが鳴りました。先生の回診を告げる合図です。

「じゃあね、きょうは、下手な添削は無しとしましょう。
 これは、現代短歌風の歌でしょうから、ホンネそのままのほうが良いと思いますよ」


「じゃあ、来月も伺います。
 ひょっとしたらご自宅の方になるかもしれませんね。お大事に」


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