「なんか、このコーヒーまずいな。豆を変えたんかい」

リビングで、朝の定番となっているコーヒーを啜りながら、
勇太さんが台所の紗江さんに声をかけました。


「いいえ〜、べつに」

「そうかな〜、まるで薬のようだけど」

そのままカップを置くと、勇太さんは急にけだるくなって、ソファに横たわってしまいました。

「あれ! 勇ちゃんどうしたの! なんだかおかしい!
体がぐにゃぐにゃじゃないの、大変だ! 救急車呼ぶからね」


勇太さんは、去年1月に3度目の市議会選挙を最高得票で勝ち抜き、
次の議会では副議長として議会運営を任されることになっていました。
それだけにこの1年間は、とにかく猛烈に働きました。
朝7時から夜中11時が普通で、毎日、県との調整やら、予算審議やら、
視察旅行やら、演説の原稿作りやら、病院の増改築の委員会やら、
もう、体が3つあっても足りないほどの毎日。
夏の間に、なぜか空咳が出て食欲も落ちましたが、
誰も彼も体調不良気味だし、熱もないしで頑張り通しました。
仕事のストレスは高まる一方でしたから、タバコに、つい手がでます。
一日に50本ぐらい吸い続け、帰れば疲れきってすぐに横になる始末。
酒量もどんどん増えました。 もともと元気で、若いときから剣道で鍛えているし、
市のカラオケ大会で優勝した人気者が、病院を何より嫌っているんだから、
無理に連れてゆくこともなかろうと、周りの人も妙に楽観視してやってきました。

すこし悲しげなピーポー音を響かせながら、救急車が病院に到着しました。
すぐに集中治療室に運ばれ、即刻、入院と決まりました。
この段階でも、勇太さんは、持ち前の強気で、
「なにせ、疲れが溜まりすぎたなあ、少しここらで休憩しろいうことだろうて」
と、家族に漏らすほどの余裕を見せていました。
4日後、紗江さんが、主治医に呼ばれました。
部屋には、沢山のレントゲンフィルムがライトに透かされていて、ものものしい雰囲気です。

「じゃあ奥さん、検査結果を説明します。とにかく、これ見てください。
 左側の肺が真っ白でしょう。右もかなり白いところがありますね」


「!・・・・・・・・・・!」

「残念ですが、末期の肺癌です。よくこれでやってこれましたね。
 もう、このままなら1ヶ月がせいぜいで、延命しても3ヶ月だと思います」


「!!!!!!!」

紗江さんは、その夜、勇太さんの、すがるような眼差しに耐え切れずに病名を告げました。
血を吐く思いの告知でしたが、それでも気丈に、「かならず直るから」と、笑顔を作りました。

なにより、勇太さんは副議長という公職にある身ですから、
病名は、ほかの誰にも隠しておくことにしました。
さもなければ、大騒ぎになって、最悪の場合には、政敵から、不治の病にありながら辞職もせずに、
高禄を食んでいるのはどうかなどと、あらぬ方向の議論になる危険もありました。

治療が始まりました。放射線治療に抗癌剤。30回も照射を受けると胸は黒ずんでしまい、
家族の方が、もう、息詰まるほどの苦しさを感じました。
勇太さんは、それでも、気分のいいときには、公務資料に目を通したり、
長い間果たせなかった夫婦旅行について、紗江さんと夢を語ったりしました。
たまらなくなった紗江さんは、わざわざ廊下の奥にあるトイレに入って、泣きはらしました。

やがて、無情な月が巡り、勇太さんは、秋晴れのある朝、
静かに目を閉じ、別の世界に旅立ちました。誕生日の前日でした。
訃報に驚いた市議会は、今まで何も知らされていなかったので、大騒ぎになりました。
反響は大きく、市のメモリアルホールは、これまで例のないほどの弔問客で
溢れかえりました。その月の市議会では、副議長席に花輪と写真が飾られ、
紗江さん家族も列席しての議会葬も執り行われました。
この時ばかりは、与党も野党も、命がけで市政に打ち込んで、
疾風のように駆け抜けた男に最大の賛辞を呈し、感謝を捧げる心には偽りはありませんでした。

今になって、少しづつ平常心を取り戻しつつある紗江さんは、
親しい人に、ポツリポツリと漏らします。


「勇ちゃんは、ホントに幸せ者だったのかもしれない。やりたい仕事もガンガンやって、
 それに、ハハハ、ガンガン(癌癌)コロリって生き方までやってのけたようなもんね。
 こんなこと言ったら、現に病気で苦しんでいる人に誤解されそうだけど、
 勇ちゃんは、入院して簡単には出られそうもないとわかったら、すぐに頭を切り替えて、
 癌と付き合って一生懸命生きようって頑張ったの。
 家族のことも、仕事のことも、そりゃ、今までにないような気の使い方で、
 あれこれと考えたり手配を頼んだり、ちょっとの時間も無駄にしなかったのよ。
 もちろん、医者の言うことも全部やったの。  とにかく燃焼しつくしたって感じね。
 だから、勇ちゃんは、やることはやったって納得して旅立ったんじゃないの。
 あらためて、素晴らしい夫だったって、私も誇りにしています。勇太超特急万歳ね」



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