暮れなずむ街角。人通りの途絶えた裏通りで、マーちゃんとフドーさんが、
ばったり出会いました。二人の年齢合わせたら、150になるという堂々人生仲間。

「ほりゃあ! マーちゃん元気だったん?
 医者通いしとるって聞いてたもんで、少し心配しとっとんやが」

「おう、久しぶりやな。おまえは元気だったんか?」


早速、いつもの癖で、マーちゃんが息せき切ったように話し始めました。

「あのな、おれな、なんかわからんけど調子悪いんで、長いこと医者通いしとったんや。
 それでな、あれこれ過ぎた後で医者がな、おれに健康カラオケしたらどうやって言うんや。
 変なこと言うな思ったんけど、それでな、ヒョヒョロ通い始めたんや。
 あとで聞いたらな、そのカラオケ屋は、先生の親戚だったんよ。ハハ」


「それで、少しは調子よくなったんかい」

「そこやね、カラオケ先生は親切やし、おれも少しはやる気出してみたわけよ。
 ところがよ、最近な、ときどきな、なんでおれはこんなとこに居るんかなって、
 すっごく淋しくなるときがあるんよ。ジャンジャカ歌が流れているときによーー。
 そらな、おれだって、今日はこうやってみようとか、いい声出るかなって、
 張り切って出かけてもよ、すぐにはできん。おとなしく順番待たなならん。
 だが、それはいいがな。たまらんのはな、なんとなく虫が好かんやつが居る。
 こんな奴の下手な歌も聴いとらなならん。終わったら、したくもない拍手せなならん。
 これがかなわんようになってきたんよ。付き合いの大事なことはわかるが、
 こんなこと続けてたら、変なストレス溜まる気もしてな。
 そんなこんなで、まあ、だんだん気持ちが離れてきとるから、店で自分が浮いてきた
 感じもあるんよ。ホンマ、これからどうしようかなって思ってるし、
 おれの生き方に弱気にもなってきとるわけや。そやから、まあ、一緒にやるんやったら、
 できたら、立派な人が揃うとこ、ほかにないかなってな、おおいに悩んどるわけよ」


「相変わらず、マーちゃんは、万年ボンボンやな。健康カラオケやったら、
 店はどこでもいいだろうがーー。周りの人間なんか気にせんと、怒鳴り歌で
 やったらいいじゃろが。もっとも、これで迷惑する人もいるだろうから、
 ほどほどにせにゃならんな。それと、聞きたくもない奴の歌を、
 どう辛抱するかは問題やな。だがな、その人の気持ち考えてみぃ。
 ひょっとしたらな、嫁さんに死なれて寂しさ紛らせてるかもしれんし、
 何かのリハビリで歌ってるかもしれんし、とにかく、何か訴えたり、
 思いをこめている人も居るやろな。それでも、俺はうまいって
 天狗になってる奴には、その間、本を読むなり、メールするなり、
 ケータイプレーヤーのイヤホンで、別の音楽聴いたり、なんとかせにゃならんけどな。
 それより、根本的にはな、大衆カラオケ屋は、まあ、乗り合いバスみたいなもんよ。
 向かう所は一緒でも、乗り合わす客の組み合わせで、良くも悪くもなる。
 そやから、自分の思いを大切にするんなら、タクシーのように、借りきらな無理やろな。
 それも大変なら、せいぜい、気の合う仲間を増やしたらどうや?」


「そうやな、思うように都合よくはいかんな。わかったーー。
 ところで、そういうおまえは、どうかい。順調にやとっとんのか」


「うん。そらア、俺の仕事だっていろいろあるんよ。親父譲りで、
 学生マンションやっとるけどな、若い子も減ってきとるし、競争も激しい。
 たとえばな、うちのマンションの塀見たら判るように、4社も5社も貸し部屋
 仲介業者の看板下がっとるやろ。うちにしてみりゃ、業者競争で学生集めて欲しいんや。
 しかしな、これが問題。週に1回ぐらいは、わしが修理せにゃならん。
 なんやって? 業者の看板吊り下げてる針金をな、取り替えなきゃならんのよ。
 そんなに頻繁に切れる筈ないやろが。どうも、ライバル業者が夜中にプチンと
 切ってしまうらしいな。ほうっておいて、ぶらぶらにみっともない形にしておいたら、
 このマンションの管理は悪いって見られて、評判も落とすし、希望者も減ってくる。
 こんなの、まだいいけどな、気に入らんのは、洗濯物の盗難よ。
 つい最近もな、何万円もするトレーナーを盗まれたって、男の子がべそかいとったけどな。
 これなんか、うちの損害保険の中に入らんので、どうしようもない。
 ついでに、泥棒がアルミ塀をよじ登ったらしくて、その部分が、
 ぐんにゃり曲がってしまった。警察に届けたけんど、まだ、解決しとらん。
 もっと言えばな、仲介業者とうちが契約するやろ、それで済んだと思ったら、
 後で聞いたら、特に、学生が出て行くときに、契約に上乗せして、余分に金を
 取ったりする。こんなクレームが来たりするんで、説明だけでも大変や。
 もっともな、業者にしたって、法律守らなならんから、ずいぶんと、
 良くなってきとるんで助かるけどな。まだあるで、女子部屋には、
 男を連れこまんように注意しとるが、婚約者だと言われれば黙認することになる。
 ときどきは、親からも探りが入るが、むにゃむにゃ言わなならんし、結構疲れる話よ。
 こんなことで信用落としたら、あっという間に、誰も来なくなるしなーー」


「そうかあ、フドーさんもなかなか頑張っとるんやなあ。そら、大変やろな」

「ありがとよ。そこでな、この辺で二人とも、気分を変えたらどうやろかーー。
 そりゃな、お互いに、もう充分生きてきたし、ここんとこは、気にいらんことも
 仰山あるけど、少しは目をつぶって、これからはな、自分の面倒見るのに精一杯とは
 言いつつもな、、なんとか、人に役立つ事があったら、チョコチョコやっていこうや。
 マーちゃん元気になったら、それはそれで、似たような病気もってる人に、
 希望を持ってもらえることになるよ。自分で弱気になることもなかろうが」


「うんーー。まあな、そうだな」


町じゅうの家庭に、穏やかな時間が訪れる夜。その中で、どこにでも居る年寄り二人。
しかし、今日一日を精一杯生きて、他人のためにもなりたいと願う心がけが芽生えたら、
きっと、新しい勇気も生まれるでしょう。

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