「オハヨ ゴザイマース。お元気ですかー」
「ハイ、ハイ。どーぞ。おや? 新しい方ね」
「そうでーす! あき ひろこ といいます。よろしくお願いします」
「ごくろうさまです。こちらこそよろしくお願いします」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ところで、沢木さんって、すごく明るい方ですね。
 車椅子で、お一人でお住まいと聞いてきましたので、
 さぞ、気難しい方と覚悟して来ましたが、まるで反対ですね」

「アラ、そうお。それは有難う。そんな風に見えますか」
「ほんとに! そんなに明るいのは、なにか秘訣があるんなら、ぜひ、教えてくださいな」
「ハハハハ。そんな急に言われてもねェ。――、でもね、ひょっとしたらね、
 これかしらね。心当たりといえば」

「なんです? 出し惜しみしないでくださいよ」
「とにかくね、今年の初め頃は、すっごく寒かったでしょう。そんなある朝のことなんですけど、
 起き上がろうとしたら、急に、気分が悪くなって、そのまま失神してしまったんですよ。
 気がついたら病院のベッドの上だったんです」

「まあ! お一人でしょう? よくまあ、ご無事で」
「町内会の見回りの方のお蔭ですよ。それでね、病院では、いろいろ
 検査していただいて、とってもたくさんのお薬を頂いたんです」

「まあ、これがそうですか。飲むのも大変そう」
「――でしょう! わたしだって、これ見たら、すごいショックを
 受けたんですよ。いよいよ、完全に薬漬けになるんかなってね」

「そうですねェ」
「そこでね、二、三日は飲んでみたんですが、こんなに薬飲むのに
 神経使うもんかってね。情けなくなったんですよ。
 それなら、この歳じゃ、どうせ、これから長生きはしないだろうから、
 薬漬けの嫌な毎日送るより、できるだけ薬を飲まないで暮らせる方法は
 ないもんかって、すごいことを考えたんですよ。アッハッハッハッハ」

「そんな勝手なことしていいんですか?」
「エッヘン。じゃあ、沢木理論を教えますからね。アッハハハハハ。
 そもそもね、体のどこかに異常が出ると、自然の防衛反応として、
 臓器がホルモンやら化学物質を一生懸命送り出すらしいですね。
 体は、熱が出たり、大汗かいたり、めまいがしたりするんで、
 ああ、病気になったなって思うでしょう。その次には、このまま、
 体がどうなってしまうんかなって、不安でたまらなくなるでしょう?」

「そりゃそうですよ。こわいですよ」
「そこで、病院に駆け込んだら、とにかく、そんな症状を鎮めるお薬が
 出る。それで済んでしまえばそれきりですけどね。
 それでもね、長引いたら、お薬続けるし、そのうちに心理依存とか、
 薬物依存とかいう状態になる。おわかりでしょう?
 ――、そうなのよ。だから、いろいろと薬を欲しがったり、
 長く飲んでるうちに、ほかの内臓がおかしくなったりもするでしょうが?
 こんなになったら、自分でも迷いだしますからねェ。神経も使うし、
 ああでもない、こうでもないって、自分で犯人探ししているうちに、
 神経の病気になったりもするらしいですねェ。こわい、こわい」

「よく勉強なさっていますねェ」
「どうもありがとう。さあ! 結論に行きます!
 わたしはね、体の中で防衛反応を起こす部分は、専門部門として、
 とてもよくやってくれていると感謝しますよ。
 でもね、ここ、ここが大事なの。専門部分が頑張りすぎたら、
 別の異常もひきおこすでしょう。すると、お医者様は、これにはこの薬、
 あれにはあの薬と出してくださるから、薬が薬を呼んで、次々にお医者様と患者が、
 知らず知らずに、病気らしきものをつくりだしてるんじゃないかってね」

「それは云えますね」
「―――、だから、こんな馬鹿なことにならないためには、
 体の中には全体の統合部門があるでしょうから、これがしっかりと見張っていて、
 バランスを管理してくれるようにすればいいんじゃありませんか?」

「それはそうですね。でも、それは?」
「“心”、”心“ なのよ。”心“ が全体の統冶者ですよ。
 これがフラフラしていたら、自分の体がどうなってどうなるんかなんて、
 先へ先へと迷いだして、これが神経的に余計なストレスを作り出すから、
 内部臓器の専門部隊も無駄な頑張りをするんじゃありませんか?
 ”心“がしっかり安定していれば、こんなことなくなりますよね」

「ひゃー。一番難しいところに来ましたねー」
「ハッ、ハッ、アハハハハハハ。安心してよ。できます。できます。
 “心”をしっかりさせる手があるんですよ。それはね、
 ―――、“般若心経”―――。このお世話になるんです」

「!・?・!・?・」
「困ったお顔もかわいいですね。アラ、ごめんなさい。
 ――、“般若心経”には、色即是空。空即是色。の教えがあるでしょう。
 この世では、みんな、仮の姿を見ているようなもんだってね。
 こんな仮の姿に過ぎない自我なのに、その“心”がふらつくたびに、
 そして、思いと違った現実に出会うたんびに、そのつど、不満や不安を募らせては、
 これでストレスを作り出して、ストレスが原因の病気にもなるなんて、
 馬鹿なことと思われませんか?」

「やっとわかってきましたけどーー。たとえば、病気になったら、
 自分勝手にじたばたして、かえって病状を悪化させるより、
 どーんと”心“を落ち着けて、なるようになるというほどの割り切りで、
 病気と付き合ってゆきなさいってことですよね」

「そうですけどね、もちろん、外科的なものとか、近代医学で解決する病には、
 すすんで治療を受けたほうが良いに決まってますけどね」

「それで色即是空の心で居たら、自分は、空気みたいに解放されるでしょうけど、
 腑抜けになりませんかしら?元気になろうという気力も消えるんじゃありませんか」

「いい質問ですよ。だから、やりかたとしたら、最初はね、“心”が喜ぶように、
 なんでもかんでも、すこし、言い過ぎてますけどね、ともかく、
 肯定的に受け止めて、“心”が楽しくなるように過ごすようにしましたけどね。
 そのうち、“心”が平安になってきて、毎日を、あるがままに、自然に受け止めて
 いけるようになってくるし、明るく積極的な気持ちにもなって来ましたけどね。
 ああ、時々ね、お医者様に相談したり、薬にも助けてもらっていますから、
 ご安心ください。おかげで、薬は随分減りました」

「まあ! なんてすばらしい。なんか、こう、修行を積まれた
 有難いお坊様のように見えてきましたよ!」

「アッハハハハハハ。あの世へ見送られる側から、見送る側に替わったってことかしらね」
「ハーイ、ハーイ。そうですよ。そうですよ。なんか、すごいお話を
 お聞きしたような気分です。どうも、ありがとうございました」

「こんな長話聞いていただけるなんて、あなたは天使か天才ね」
「ギャー、ワハワハワハ、アッハハハハハーーーーー」
「ギャー、ワハワハワハ、アッハハハハハーーーーー」


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