4月。とにかく、いろいろな出発の月。
この小さな町の、小さな私鉄の駅にも、重苦しい冬の枷から解き放されたように、
ドッとばかりに人々が集まり、去ってゆくようになりました。
こちらのベンチでは、この春、大学に合格した親子連れが、
どうやら東京でアパートを品定めする旅に出るらしく、弾んだ声で、
身振り手振りもせわしげに、しゃべりまくっています。

その向う、西向きのベンチで、差し込む陽光を体いっぱいに浴びながら、
中年男性が、パントマイムよろしく、仲間数人と、おおいに盛り上がっています。
でも、ちょっと変です。中年男性は、口をパクパクするだけで声が出ていません。
それでも、仲間は、大仰に頷いたり、笑ったりしていますが・・・・。
わかりました!
この男性は、カラオケのやりすぎで、のどが痛いので
パントマイム状態になってるようです。やれやれ。

平和なこの町。平和な人々。夢と希望をあちらこちらに運ぶシャレシャレ電車。
なんとも言いようのないほど、気持ち安らぐ、温かい町のひとこまです。

この駅前広場には、大理石の台座の上に、不思議な女神像が
誇らしげに立っています。かなりの大きさで、ブルーのガウンにキラキラと輝く
何かが沢山付いているので、いやでも目につきます。

印象的なのは、その目が目隠しされていることです。
仁王様のような、かっと見開く眼も、観音様の慈悲に溢れた眼も見当たりません。
そして、右手には、大ぶりの剣。左手にはなんと、天秤を提げています。

初めてこれを見る人は、コリャなんじゃいなと、注目度も抜群です。
これぞ、知る人ぞ知る、法曹界の人なら誰でも知ってる、
法を守る女神の“テミス”なんです。本籍はギリシャ神話とか。 好奇心旺盛な人は、碑の銘文を覗き込んで、感心したように、
もう一度、像を見上げて深呼吸したりしていますが、その説明によると、
目隠しは、目先のウロチョロに惑わされずに、冷静に、しっかり考えよというメッセージ。
左手の天秤で、公平、平等の心で臨めと諭し、
そして右手の剣は、断固として正邪を断ずる強い構えということです。
すっごくカッコいいですね。

こんな趣のあるものを、目立つ所に建立するなんて、
すごくハイカラな町というイメージに直結しますよねェ。

実はですね、この町出身の有名な弁護士さんが、大きな仕事を、次々にこなしつつ、
たくさんの弟子を育て終わって引退するときに、町の皆さんへの恩返しにと、
自費で寄贈を申し出たそうなんですね。

その意義を理解して、町の精神的なインフラにもなれかしと、
――ここまで戦略的に考えたかどうかわかりませんがーー、
受け入れた町長も立派じゃないですか。
像が出来上がってみると、予想通り、形が新鮮で、その意味するものも深いので、
町の名物になって、あちこちで噂されることで、町興しに役立ったり、
一方では、町民への自然体の道徳教育に役立ったりしているとかで、
その効果がなかなかのもののようです。

今年は、世界景気が変調を来たして、政治にも経済にもいろいろと大鉈が
振るわれるでしょうが、そんな荒波に揉まれて、あっちによろよろ、
こっちによろよろするぐらいなら、身近なところをしっかり見て、
みんなが元気になるような、判りやすい対策も、無数にあるような気がしますね。
こんなのいい例でしょう?

ひとつひとつはチリのような成功だって、数多く重ねれば、
元気という気力が満ち満ちて、やがて社会を動かすほどの、
大きな流れの源流になる可能性もありそうです。

生きた知恵を出し合って前進し、明日を信ずることのできる国になったらいいですね。

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