新春のお慶びを申し上げます。

皆さんは、ご家族とどのようなお正月をお過ごしでしょうか。
昨今は、百貨店等で手軽に調達できるお節料理が大流行で、
家庭での手作りが姿を消しつつ在るとの事。
そう言えば、私の家も簡略化してきているなぁと、しみじみ思ってしまいました。
大切な日本の文化なのに、ついつい合理化の波でごまかしてしまってますよね。

今回は、高齢者の介護を行っている方々の負担感についてお話したいと思います。
一言で虐待と言ってしまうと、とても嫌な響きになってしまうのですが、
全てがそうとは言い難いところがあります。
テレビ等報道で報じられているケースの中には、誰が聞いても事件性のある
悪質なものも確かに多いです。
が、「介護に疲れて…」等、本当に心いたたまれないケースも多々あります。

ある先生が、「善意の虐待」と表現されていましたが、本当にそうだなと感じました。
毎日一生懸命に介護していた人が、些細な事が引き金になり、事件性有る行為に及んでしまった。
でも、そのきっかけを間接的に作らせてしまったのは、我々周りの者かもしれない。
大変さを気遣ってかけていた言葉「良く頑張っておられますね」が、
いつしか手を抜く事が出来ないプレッシャーを作り出しているかもしれない。
また逆に、無関心過ぎて「大変なんだ」と言う事を見過ごしていて、
誰に相談すればいいのかと言う信号をキャッチ出来ていないかもしれない。

数年前の高齢者虐待防止法施行後、様々な取り組みが行なわれていますが、
身近なご近所同士のお付き合いを、もう一度考える必要が有る様に感じています。
▲このページのTOPへ