オトコとオンナの“豆”な話


今年に入ってから、所用があり2ヶ月に一度は実家に帰っている。
毎回、最寄り駅まで父が車で迎えに来てくれるのに
先日は、ロータリーを見ても車が見当たらない。
すると、どこからともなく「おーい、こっちこっち」の声。
声の主を探すと母が自転車でお迎えに。
ワタシは開口一番「はい、何かあったやろ」と母に問うと
「冷戦状態…」
帰宅路を二人で歩きながら話を聞くと
一番の問題は、今更ながらの父の暴言。
とにかく素直じゃないので「ありがとう」が言えない。
一言一言に、「アホ・ボケ」が必ずセットになってついてくる。
そんな不満が積もり積もって、会話をするのが嫌になったらしい。

家に入ると、妹の浜海老は逃げるの如く友達と遊びに行ったそうで 最悪…。
浜海老は父っ子なので、耐えられないらしく母へ対しての態度が悪いらしい。
ワタシは母っ子なので、母の気持ちが良く分かる。バランスは取れてるけど…。

ワタシが帰るまで、両親も晩御飯を食べるのを待っていてくれた
そうで、3人で無言の食事。せっかくの母の手料理の美味しさ半減やぁぁん。

翌朝、浜海老はまた友達と約束があると逃げた。

実家に帰ると必ず行くお墓参りも母と二人で自転車で行く事に。
日頃、自転車を乗らないのでふくらはぎがピクピクする。
帰宅後、晩御飯の支度を手伝っていると
母が「お父さんにうまく言って送ってもらいや」
そう、これがワタシにとっての難関。
いつ言おうかと伸ばし伸ばしになり、もう帰らないといけない時間。
「お父さん、そろそろ送ってもらえるかな?」
いつもなら「電車乗って帰れ ボケ」と暴言吐きながら
重い腰を上げて何とか送ってくれるのに
今回は「後10分、待ってくれ」  珍しい、寂しいんやろうな…。
車中、父と娘の会話は無し。自宅近くで降ろしてもらい
「ありがとう。気をつけて帰って」のみ。

後日、二人の様子が気になって母に連絡すると
まもなく浜海老も独立するので、二人っきりになる前にと
少しだけ会話するようになったとの事。

数年に一度、こんな『仁義なき冷戦状態』を起こすワタシの両親。
必ず、何かがきっかけで また仲良しになる腐れ縁な面白い二人。
早く「和解」してね。


『仁義なき戦い』
広島人DNAを引き継いせいか
大阪人なのに「しまなみ弁」を聞くと妙に落ち着きます

「〇〇じゃけのぅ」
の「のぅ」の「ぅ」の辺りが心地良い

牡蠣が好きなのも のDNAのせいか

海と山の違いはあれど
互いの栄養価の高さを褒めたたえられるのも同士 ライバルです

余談ですが
菅原文太さんは 最近 農業に 勤しんでいるそうです

「元気に育つんじゃぞぅ」と 大豆を育てている姿をイメージしますと
「和解」の二文字が浮かんできました     浜海老





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